ホメロスはよく嘘をつきます。
ある晴れた初夏のこと、デルカダールでは色とりどりの紫陽花が咲きました。道行く人は「綺麗ね」と足を止めています。
毎年咲くその花を見て、私は疑問に思っていました。

「紫陽花はどうしていろんな色の花を付けるの?」

ホメロスはページを捲るのを止め、その上に手を置き、こちらに視線を寄越しました。その拍子に、長い前髪が揺れます。彼の目を覆いそうなほど長い髪は、ものを見るのに邪魔なのではないか。よく机に向かう姿を見て思っていますが、余計なお世話だろうと、まだ指摘したことはありません。

ホメロスは思案するように顎へ手を当て、少しの間の後、口を開きました。

「お前知らないのか?紫陽花は元々全て白い」
「でも庭の紫陽花は赤紫も、青もあるよ?」
「庭師が早朝、皆が寝ている時間に塗っているんだ」

とても衝撃を受けました。デルカダールは広いのです。
紫陽花はあちこちに自生していて、花壇でない場所からも顔を覗かせています。それら全てに色を乗せているのでしょうか。
時折見かける白の紫陽花は、庭師の塗り残しなのでしょうか。

どんなインクを使っているのか分かりませんが、雨に降られて溶けているところを見たことが無いので、咲いている間、塗り直す必要があるかどうかも分かりません。つまり今年はもう、庭師が塗る前の白い紫陽花を見るのは難しいということ。
残念ではあるけれど、デルカダール中の花を塗ってくれたのです。庭師の彼にはお礼を言いに行かなくては。塗り残している花のことも伝えよう。

そうして言葉を掛けた庭師が何かを察し、ホメロスに「あまり嘘を教えては可哀想ですよ」と進言してくれたのは、遠い昔の話のようです。

今年はもう、デルカダールに紫陽花は咲かない。
崩れ落ちる城の瓦礫の下敷きにならなかったのは、ホメロスが連れ出してくれたから。でも、どうして城が落ちたのか、命の大樹が空にないのかを、教えてはくれませんでした。
低くなった体温も、悪いように見える顔色も、赤い目も少し恐ろしい。
太陽の光を遮る黒い雲は、いつからそこにあったのでしょうか。空に浮かぶこの城の中、私は自力で立てているでしょうか。足は床についているはずなのに、落ちてしまいそうなこの不安感は、どうしたら拭い去れるのでしょうか。

「どうしてこんな事に?」

今ある状況を理解できないまま尋ねると、ホメロスは目を伏せて答えました。

「お前は知らなくていい」

低く突き放すような、淀んだ声で。見慣れた白い鎧は着ていないし、あの赤いピアスも付けていない。
青白く見える肌は不気味でさえあり、背筋を冷たいものが走った。
ホメロスはよく嘘をつきます。私は、彼の嘘が好きでした。

Liar
(うそつき)

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