長く苦しい奴隷生活は終わった。10年という長い年月は、時折、正気を奪っていくようだった。普通に生きていれば、10年なんてあっという間だろう。あっという間に1年が終わって、また次の1年が始まる。けれども、この奴隷生活の間は、たった1年が長く感じて仕方なかった。そんな中で、正気も失わずこうして生きてこられたのは、今、隣に立つ彼と、たった今別れたばかりの彼のお陰に違いない。

「ヘンリー、お別れかあ」
「ヘンリーはラインハットの王子だし、いつまでもってわけにはいかないって思ってたけど、でもやっぱりこうして別れるとちょっと寂しいね」
「うん。ヘンリーと話すのは楽しかったからなぁ」

ラインハットの厳しい王政を強いていたのは、太后に成り代わった魔物だった。その魔物を倒したことで、ラインハットは晴れて魔物の支配下から逃れ、平和を取り戻したわけだが、まだ若いデール王の手伝いのため、ヘンリーはラインハットに残ったのだった。

「うん? (名前)はヘンリーのことが好きだったの?」
「ええっ、そんなんじゃないよ。でもほら、私とかマリアさんのこととか励ましてくれたから、感謝を言いそびれたなぁって」
「ああ、なんだ、そういうことだったんだね。いや、てっきり、ヘンリーのことが好きなのかと思って」
「そんなことない! 私、だって――」

その先の言葉を言おうとした矢先、(勇者)は私の唇の前で人差し指を立てて、その言葉を噤ませた。ラインハット城の城門前。奴隷生活をしているときは全然癒されもしなかった青い空。その情景は、この快晴の空だととても映える。

「ふふっ、大丈夫。分かっているから」

そして、そう言って微笑むと、私のほうが彼より年上のはずなのに、優しく頭を撫でるものだから、どっちが年上なんだか、わからなくなった。でも、彼の真っ直ぐに、宝石みたいにキラキラ輝く目は、全てを物語っていて、本心を突かれて気恥ずかしくなる。

「......意地悪」
「そうかな? ヘンリーの話題を出して僕の気持ちを探ろうとした(名前)よりは意地悪じゃないと思うよ」
「そんなことしてない!」
「ふっ、ふふふっ、あははは! うん、分かってる。冗談だよ」

彼は可笑しそうに笑って、私はもうなんにも言えなくなってしまった。彼は頭がいいからすぐに私の先を行ってしまう。何だかからかわれてしまって面白くない、と不貞腐れていると、ようやく彼は笑いを止めて、ごめんね、とまた微笑んでみせた。

「だって、あんまりにも(名前)が可愛いものだから、からかいたくなって」
「可愛いとか真顔で言わないの!」
「ええ? でも事実だからなぁ」

でも、彼がそんな風に恥ずかしくなるようなそんな言葉をさり気なく言うものだから、意地悪だ、なんて思いながらいつでも彼を許してしまって。私も多分、彼のそんなところに、ずっとずっと昔から、惹かれていたんだと思う。子供のころはただ好きだな、ってそれだけだったけど、今ははっきり、そう思う。

「ほら、いつまでも不貞腐れてないで。折角の可愛い顔が台無しだよ。(名前)は笑顔が一番だよ。どんな宝物や宝石よりも、僕にとっては高価で大切なものだから。その笑顔をずっと大切にしてほしいな」
「......不貞腐れさせたのは(勇者)のクセに。バカ」

そう言うと、(勇者)はご機嫌を取るみたいに「ごめんね、でも本当だよ」というと、ぶらんとぶら下がったままだった私の片方の手を取って、隣に引き寄せた。そして空いた方の手で地図を取り出すと、次はどこへ行こうか、なんて言いながら目をキラキラと輝かせて、外の世界を眺めていた。

「うん、とりあえず別の大陸を目指してみよう。ね、そうしよう?」
「もう、仕方ないなぁ」
「ふふっ、(名前)ならそう言ってくれると思ったよ」

手を引く(勇者)に少しばかり引っ張られて、慌てて足を動かす。彼はいつでも私に希望を与えてくれる。彼の言葉をなぞるなら、それこそ、彼だって私にとって、何物にも代えがたい大切な宝物で、そんなキラキラと輝く眼差しは、どんな宝石よりも綺麗だ。
Jewel
(宝石)

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