「よお。」
玄関を開けると彼が堂々とそこに立っていた。その相変わらずな態度に苦笑して、久しぶりだね、なんて言えば彼もああ、と頷いて返す。
四年も会っていなかったのに挨拶は随分とアッサリしてて、俺達いつもこんなだなとは思っても、変わってないわけでは無かった。
だってその証拠に彼は随分と大人っぽく成った。
俺も背は伸びた方だけど彼はもっと伸びていて、どうしようもない身長差は更に差がついていまだ健在。
骨格も運動を止めた俺と現役の彼とではまるで違って、なんだかそれがすごく悔しかったのは内緒だ。


とにかく有名人を玄関に立たせておくワケにもいかないので、スリッパを出して部屋に招き入れる。大体は片付けたから、足の踏み場が無いとは言われない筈………

「相変わらず部屋、汚いな。」
「失礼なっ!これでも片付けたんだからね。」

どうやら彼には完璧以外は全て汚く映るようだ。知らないよ、そんな事。
少しは人の努力を労えないものか。
なんて文句を脳内で巡らせながら、彼が言った相変わらず、は無視した。

ねぇ跡部、俺だって変わったんだよ。
君が変わったように。





部屋の奥、と言っても狭いアパートだから玄関抜けて直ぐだけど、まで跡部を誘導してから隣接してる台所に置いたままのポットとカップ、紅茶とコーヒーなどその他各種お茶セットを手に持って跡部の前に置いた。
跡部は沸かしたてのお湯を要求して来たけど、電子ポットをナメちゃいかんよと説得して紅茶を淹れてやる。
だって電子ポットさえ有れば、一人暮らしもやって行けるなんて魔法の言葉を持ってらっしゃるポット様だよ?ナメちゃいかんって。

取りあえず跡部の前に淹れたての紅茶と砂糖とミルクを置いてやる。跡部はコーヒーはストレートで飲むくせに、紅茶には砂糖とミルクが必須らしい。
俺は俺でインスタントコーヒーを自分に淹れて、話題が続かなかった時の保身でラジオを点けた。

流れ出す人の声をBGMに飲んだコーヒーはやっぱり少し苦い。

「コーヒー、飲めんのか。」
「飲めるよ?今はストレートが基本。」

驚いた風の跡部に笑いかけて、予想通りの反応が返って来た事に俺は満足する。
存分に驚けば良い。
俺だって成長したんだよ。
コーヒーくらいストレートで飲めるさ。

得意気に飲んで見せた俺に跡部はそれ以上なにも言わなかったけど、眉間には皺が刻まれている。
まったく、少しは忍足クンにポーカーフェイスを教えてもらえば良かったのに。
君はすぐに表情が動くよね。人には分かりやすすぎとか言うくせに、君だって分かりやすいじゃないか。すぐに顔に出るって自覚しろよ。

「似合わねぇな。」

ぽつり呟いた跡部にやっぱり俺は笑いかけて、格好いいでしょと言えばそれを言わなかったらな、と笑われた。
俺の言葉に安心したように笑う跡部に、少し後悔。

悲しそうな顔をするもんだから情けを掛けちゃった。本当は格好いいなんて理由で飲んでるんじゃ無いんだ。
跡部は覚えてないだろうけどさ、俺にはコーヒーを飲むことに意味があるんだよ。
格好いいなんて理由で飲むほどもう子供じゃない。それは跡部、君の幻想なんだ。

「跡部クンっていつまでこっちに居るの?」
「明日の朝には帰る。挨拶に帰っただけだからな。」
「そっか。大変なのにわざわざ俺の所まで来てくれてありがと!まだ行くところあるなら急いだ方が」
「いや……もうねぇよ。」

ざわざわ騒ぐ俺の中は無視。
大丈夫。なにも変じゃない。
友達に会いに来ただけだもん。手塚クンとかは外国だし、短時間で終われたんだ。俺が最後だった、それだけ。

言い聞かせながら震える手を隠す為にカップを机に置いて、見えない場所で握り締める。
冷たい汗が手を濡らす。
怖いよ、跡部クン。
君の言葉は曲がる事を知らないから、怖い。

俺、終わらせるって決めたから君に会おうと思ったんだよ。君も同じだと思ってた。
なのに、ダメだよ。
それは言っちゃダメだって。


ラジオから響く笑い声が沈黙した部屋に響く。俺が黙るといつも君はそうやって黙るよね。
求めるなよ。頑張れよ。
少しは自分でなんとかしてよ。

しっかりしてて、
頼り甲斐があって、
逞しいんだろ?
みんなの憧れなんでしょ?

いっつもいっつも、黙って待つのは止めてよ。それは優しさなんかじゃなくて君の弱さなんだ。
俺ばっかり吐き出して、ボロ出すのは不公平じゃないか。

君がもっとがむしゃらに全てを吐き出してくれたら、きっと俺たち違ってた。もしかしたらまだ、

違う。違う違う違う違う。
バカだ。俺は何を考えてんだよ。思い出すな、望むな、もしもなんて有ったりしない。
後悔しないと決めただろ?
なのに、君が居るとまだ揺らいでしまうほど俺は弱い。
四年も、経ったのに。


まだあの夏に戻りたがってる。


「千石」

四年ぶりに呼ばれた名前。
肩が跳ねないように手は握り締めたまま笑顔で跡部を見た。
でも呼んだ本人はベランダの方に視線を向けていて、俺とは真反対を見ている。

笑顔を作ってみせた意味なし。
それとも君は分かってたのかな。俺が上手く笑えない事を。

「少し外に出ないか?帰る前に見ておきたいんだ。」

そう言って俺を見た跡部の顔は凛々しかった。
きっと、幻想を抱いていたのは俺の方だったんだね。

君は自分から話を切り出せたし、気丈に距離を保つ事も出来る。

俺が一人でまだ幼い君を夢見てただけ。
一人じゃ何も出来ない事にしたかっただけ。

跡部に必要として欲しかったんだな、俺。


「そうだね、行こう。」

本当に割り切らなきゃイケなかったのは俺なんだ。





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