『長太郎クンの事忘れたのかよ!』
うるさい。
『あの子はお前の自由の為に縛られとったんや!』
うるさいんじゃ、お前らは。
黙れ黙れ黙れ。
もう話しかけるな
『におう、さん?面白い名前ですね。』
話し、かけるな。
カナリヤ
棄ててしまいたいのに
白く光る通路は全てを消し去りそうな程に輪郭を朧気にしていた。
浮かび上がるのは俺や、俺の周りにいる人間達だけ。他は全てが白に支配されている。
この光景を眺めるのは一体何年ぶりだろうか。跡部クンに貰われてからは一回も来なかったし、気を遣ってなのか忍足クンも検査の時は自室に呼んでくれていた。
だから、本当に久しぶり。この場所には二度と帰らないつもりで居たのに、結局は逃げ切れない運命に在ったのかな。
そんな事を思って自嘲する。
自分から選んでおいて運命って言葉に頼る辺り、俺は狡い奴だ。
誰かや何かの所為にしなければ生きられない弱い存在。そんな俺が本当に彼を守れるわけなくて、傷つけるのを分かっててこの道を選んだのはやっぱり自己満足の為。
自分の庇護欲を満たしたいが為の勝手な自己犠牲。
ごめん。
謝るくせに引き返したいなんて思えないから、本当に最低だけど、君を大好きだった事だけは打算も計算もなく真実なんだ。だから、ごめん。
俺は結局君を幸せにはしてあげられない。
「お前は本当に勝手じゃな。」
そんな思考に割って入ってきたのは鋭い刃物の様な声。
視線を声の方向へと滑らせればそこには白に溶けそうな銀色が立っていた。彼ともちゃんと話をしなきゃと思ってたから丁度良かったな、と笑って見せて、不快そうに表情を歪める銀色…仁王の前に足を進める。
少しだけ高い位置の瞳を見つめて、向き合うのは本当に久しいのだな、なんて感慨に思う自分がなんだかオカシイ。
「お前はいつも勝手じゃ。」
繰り返すみたいにまた仁王はそう言って、鋭い眼光で睨まれた。
そんな事君に言われたくないな、とは思っても言わない。勝手なのはお互い様だから、きっと言い出したらキリがなくなってしまう。
伝えるべき言葉は一つだけ。
「ごめん。」
なにも知らない俺を許してとは言わない。
「……それが、勝手じゃ言うとんや。」
怒気の含まれた声色を認識した時にはもう背中が鈍い痛みを訴えており、俺は仁王によって壁に叩き付けられたのだと半秒遅れて気がついた。
それほどに、肉体強化を重視されたイタチである仁王の動きは早かったのだ。鳥である自分の目では間違いなく追えない。
「そうやって犠牲者ぶるんが勝手じゃ言うとんのがわからんのか!被害者顔して、平気で人を傷つけて、最後には身勝手に幸せを願いおる!」
銀色が揺らぐ様だけが妙にスローモーションで、背中の痛みよりも心臓に走った鈍い痛みの方が痛かった。勝手。そう言われる度に増す痛みに顔を歪めて、目の前の銀色を見つめる。
泣き出しそうな仁王の表情に、自分の犯した罪を俺は初めて知った。
仁王は、知っていたんだ。
全部全部、分かってた。
長太郎クンがやりたかった事も、俺がやろうとしてる事も、全部。
だから、俺に言ったんだ…忘れた、って。
『逃げてしまえ』
『恨め』
そんな想いを込めて、バカなピエロを演じて、ニヒルでいようと決意して。
「に、おう」
「最悪じゃ、お前ら。鳥に関わるとろくな事がない。」
歪んで、霞んで、笑んだように見えて、
次に俺が言葉を発する前に仁王は軍人達に取り押さえられた。
ごめん。ごめん、仁王。
俺、
「さよなら。」
それでも引き返せないんだよ。
君の思いを知って、それを踏み躙る事になったとしても、引き返せない。
自己満足で、バカで、滑稽で、最悪だけどね、結局それが俺達鳥の生き方なんだ。
誰かの為にありたくて、
好きな人を守りたくて、
いつだって、バカなんだよ。
「ごめん………ありがとう。」
さよなら、仁王
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