「なぁ財前。名前呼んで。」

俺がそう言うと、財前は食べていたポッキーを口から落として固まった。
そんなに驚かなくても良いだろう。とは思うが、まあ唐突すぎたかな、と反省もする。一応。
別に悪いとは思ってないが財前が甘いものを落とすのは結構一大事だから不安なのだ。
もしも引かれるような事を言って嫌われてしまうのは嫌だ。
これでも俺は真剣に財前が好きなわけで、好きだからこそ名前を呼んで欲しくて勇気を振り絞って言ってみたのに、それを理由に嫌われたらたまったものではない。
それに、悪いのは財前だ。俺がこんな事を言ったのにはただ呼んでほしいから、ではなく正当な理由がある。
それはこの間部活中に浮かんだふとした疑問から始まった。


いつも通りの部活風景を見ていた俺に浮かんだ一つの疑問。
財前は基本的には人の名前を呼ばない。苗字呼びが普通で、悪い時はおいとかお前とかしか言わないほどの無愛想少年だ。

その財前が名前を呼ぶ人間は限られていた。
例えば謙也。
アイツの場合は出会った奴全員に名前呼びを強制しているからまだ分かる。逆に苗字で呼んで付き纏われる方が面倒だし。
銀とか小春もみんながそう呼ぶからそれに乗じてる節が有るし、まだ納得出来る。問題は一氏だ。
なんで財前は一氏を名前で呼ぶんだろうか。
アイツは小春以外には名前で呼んでなんて言わないし、むしろ呼んで良いのは小春だけとかなんとか言っていた気もする。
なのに、なんで財前は一氏をユウジ先輩って呼ぶんだ。恋人の名前すら呼ばないくせに。
絶対にオカシイ。
これは誰かの陰謀だ。
そもそも財前はなんの理由が有って一氏の名前を呼ぶのだろうか。
謎すぎる。

「あの、部長。」
「蔵ノ介。」

思考をトリップさせていた俺を呼び戻した声は大好きな財前の声だったけれど、その声が紡ぐのは俺の役職であって苗字ですらない。
それが悔しくて睨みながら名前を言ってやればなんとも気まずそうに目を逸らされた。
余計に苛々する気持ちをなんとか抑えて、俺は次に財前が言葉を発するまで待ってやる。
俺って大人や、とか自分で自分を褒めてやりながらただじっと財前の言葉だけを待つ。
一言名前を呼んでくれればそれで良いのに、なぜ財前は悩むのだろう。
そんなに呼びたくないと言うのか?
かなりショックな答えが浮かんで、振りはらうように頭を振る。

有り得ない有り得ない。

ちゃんと、好かれては居る筈なんだ。
言い切れない所がなんとも悲しいけれど、付き合ってるんだから嫌われはない、筈………。

「ぶちょ……白石さん。なんで突然そないな事言わはるんですか。」

また部長と呼ぼうとした財前を無言で睨んでやれば、取りあえず苗字呼びにはなった。
その勢いで名前を呼んでくれればなんの問題もないのだが、やはり財前は名前だけは呼んでくれない。

「どうしてもこうしてもないわ。俺らは恋人やろ?せやったら名前の一つや二つ呼ぶんが辺り前やないん?」
「せやかて、ぶちょ、白石さんも名前呼ばないやないですか。」

それってセコくないですか?と首を傾げて言われたら、返す言葉がなかった。
確かに俺も財前の名前を呼んだことはない。論点はずれている気もするが、指摘としては間違っていないし、この振り方は呼んだら俺も呼びますよ、って事じゃないだろうか。
いや、でも相手は財前だ。念のために確かめておいた方が良いだろう。

「ほんなら、俺が呼んだら呼んでくれるんやな?」
「呼びませんよ。」

ほら見ろ。
自分勝手を素で行く男なのは知ったいるから幻滅はしないけれど、いい加減にしないとそろそろ火山が噴火するぞ、って所までは来ていた。
なんでそこまで嫌がるんだ。かなり傷つく。
こんなに好きなのに、本当は俺だけ?俺だけが好きなのか?
告白したのはそっちだろ。なのにもう飽きたとか、そう言うわけか。

「………光。」
「やから、呼びませんって、」
「光光光光光光光光っ!!!!」

俺ばっかりがこんな思いするなんて不公平だ。好きすぎて壊れそうなのに、些細なことに嫉妬してしまうくらい財前しか見てないのに。

「好きや……好きや光。」

こんなに好きなんだ。

「白石さっ「…蔵ノ介」
「………蔵ノ介さん。」

囁いて、財前が俺を抱き締めた。
背の低い身体で、机越しに俺の頭を抱えて撫でる。それが嬉しくて、俺も財前にしがみつく。
ほら見ろ。呼べるじゃないか。
最初からそうやって呼んでくれたら良かっただけなのに。

「もう、呼びませんから。」
「っなんで!」

言われた言葉に反応して上を向く。
そこには財前の顔が有って、真っ赤な顔に驚いて俺は勢い良く顔を逸らした。
あの鉄壁が顔を赤くしている。それは衝撃だったんだ。
財前が恥ずかしがってる。
告白してきた時だって真顔だったあの財前が、顔を赤くしている。
そんな事ってあるのか?

「好きやから、出来ん事もあるんスわ。」
「……一氏んことは名前で呼ぶやん。」
「アレは嫌がらせで。」
「は?」

良く意味は分からなかったけど、取りあえず俺のことを好きで、特別なのは分かったから今だけは許してやる事にした。
でもいつか絶対に、もう一度言わせてやるのだと心に堅く誓ったのは内緒。





だってアイツが

(あの人が蔵ノ介って呼ぶから、嫌がらせ)




END
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