彼女は自分を難しく語る。理由は分からない。
ただ理解されない子なのだと自分自身で語り続ける。
多分。難しく自分を作りたいのだろう。俺にそれは理解出来なくて、きっと理解は求めていないのだろうけど、俺はただただ頭が痛くなるから、彼女の話はあまり好きではない。
だけれど俺は当たり障りなく頷く。それは得意の処世術有ってこその世渡り。

人は理解を求めない割には肯定を望むものだから、俺は分からないままに頷いた。


「辛いよね。」


って。








肯定の意味を知っているか







周りは背の高いビル群。
上にはすっかり狭くなってしまった空があって、それを呆然と眺める俺の心はこの街よりも荒んでしまっている。
何故なんだろうか、酷く疲れた。
もう立ち上がる気力なんか無くて、痛む口内を舐めて目を閉じた。今回は少し考えなしにケンカを買ってしまったな、と後悔はするもののそれは後の祭りで有って意味はなさない。
まさか武器所有OKだなんて聞いて無かったのだ、全く持って不用意だったよ。
痛いし、しんどいし、最悪だ。
でも断るのすら億劫で、いっそどうなっても良いや、って全部投げ出したのは俺なわけで。
自業自得?
やんなっちゃうね、あぁ痛い。
「おい。」
ふと声がして、そっちにゆっくりと目線を向けた。
そこに立っているのはこの場所が酷く似合わない人物で、笑うのが疲れた俺としてはかなり会いたくない奴だった。
「やぁ跡部クン。こんな所で会うなんて奇遇だね。まさか君も連れ込まれた口かい?」
疲れたけど、やっぱり俺は笑う。
それ以外会話の仕方知らないし、人との関わり方も分からない。他人と俺を繋げているのは常に笑顔と話術だけ。
「違う。たまたま通り掛かっただけだ。」
そう言った彼は俺に手を差し延べる。
立つのは面倒臭いから見なかったフリをして、薄汚れた壁と睨めっこをする事にした。
「君冗談下手なんだね。イメージ通りではあるけど下手すぎ。さすがにココ、たまたまは通らないっしょ。」
けらけら笑ってやると跡部クンは差し出していた手で俺の頭を軽くはたいた。ムカツク。
けど、笑ったままやっぱり俺は壁を見続ける。
「……こんな所、君には似合わない。」
だからさっさと消えてくれ。そんな意味を込めて言ったのに、頭が良いと聞いていた筈の彼は、懲りずに手を差し出して来た。
「要らないよ。」
「来い。」
「命令すんな。」
あんまりにムカついて、つい本音がポロリ。
しかも壁ではなく跡部クンを睨んでしまった。
失敗。
でも気持ちに余裕がないんだ。疲れたし、しんどいし、もう会話だってしていたくない。
「なんで構うの。」
「心配だから。」
「はあ?だって君と俺ってそんなに関わり合いないじゃん!」
「それでも、気に掛かった。」
この人は何か勘違いしている。
俺は君の庇護なんか求めちゃいない。
あんまりにムカついて、壁を勢い良く殴った。痛いけど、知ったこっちゃない。
この五月蠅い人を誰かどうにかして。
壊れそうだ、何もかも。
「千石」
多分、この人に名前を呼ばれたのは初めてだった。選抜でもなんでも、おいとかお前とか以外で呼ばれた覚えがない。
だから、少し関心した。
覚えていたんだ。俺の名前。
「来い。」
手は差し出されたまま。
俺は睨み付けたまま。
時間は止まる筈ないのに、何もかもが動きを止めていた。
唯一、俺の気持ちを除いては。
「君は、俺を肯定する?」
跡部クンは少し眉を動かしただけで口は何も言わない。
俺が言ってる事の意味が分からないんだろう。俺にだって君になんでこんな事言うのか分からない。
「俺は全てを肯定する。」
それは生きる為に
それは好かれる為に
「俺は否定もする。」
うん。
「そう言うと思った。」
君は決定的に俺とは違う。
同じじゃない。
それでも君は何故まだ手を差し延べるんだろうか。
「千石、来い。」
「やだよ。」
「それは否定か。」
「え?」
「お前は肯定だけするんだろ。」
なんだそれ。
そんな意味じゃないよ。俺の肯定は望むままその人が幻滅しないように使うんだ。
あ、でも、
彼は肯定を望んでいる。
手を掴めば彼は満足するし、いざこざなんて起きない。おかしいな。なんで気がつかなかった?
こんな話をしなくたって切り上げられた筈だったんだ。
ただ笑って、手を掴んで、悪いね、ありがとう、って言えば良かっただけなのに。
俺、なんで。
「肯定の意味を知っているか?」
「え」
「知らないなら考えろ。」
彼は何故か満足そうに笑って俺の手を引っ張った。君はどっちにしろ肯定しなくても良いんじゃないか。
あぁ、無駄な労力使った。
疲れた。
けど、
なんだか体は軽かった。




肯定の意味を
知っているか

(辞書には載っていない事実)




END

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