かけている





「お前は欠けてる。」
「うん。」
何一つ迷う事なく、間すらも存在しない返答に苛立ちながらも、俺は千石を見る事もせずに歩みを進めた。
張り詰める様な冷たい空気に響く雪を踏み付ける音に耳を澄ませて、前だけを見据える。
雪はまだ降り続いていた。
「跡部クンもさ、欠けてるよね。」
「………言われるまでもねぇ。」
そんな事知っている。
だがお前よりはマシだとも思う。
俺は千石のようにどうしようも無い人間じゃない。まだ自分の事は自分で何とか出来る。
「自覚がある奴は大丈夫さ。」
「は?」
「欠けてる自覚があるなら君は大丈夫だよ、って言ったの。」
「お前は無いのかよ。」
「俺は知ってるだけで、自分の何が欠けてるのか理解はしてない。つまりは分からない。」
それは自覚しているに入らないのか、と不本意にも振り返り、問い掛けてしまった。
白の中で千石の橙だけが異色だ。
「跡部クンともあろう人がそれを聞くかい?」
千石は大袈裟に驚いた仕草をしながら足を止めた。千石の付けた足跡は真っ直ぐな線に成っておらず、ふらふら歩いていた事が明るさ間に分かる程乱れている。
「お前、前歩け。」
「なんで?」
「真っ直ぐ歩ける様に見ててやる。」
「ははっ、ちゃんと歩けるよ。」
そう言って軽快に歩みを再開したが、真っ直ぐが聞いて呆れる。斜めや横にふらふらしながら雪って良いよね、と言って鼻歌を歌い始めた。
確信犯かと思う程斬新な足取りには呆れが浮かぶ。
「真っ直ぐ歩け。」
「真っ直ぐだよ。」
「どこがだ。下を見てみろ。」
足跡を、そう言わなかったのが悪かったのか、千石は雪の所為で白線が見えないね、と言って来た。
どうやら白線がないから曲がっているのか分からないと言いたいらしい。
あまりのバカさ加減に溜め息が出た。
白く濁った息は降り続ける白に溶けて消える。
「やっぱり後ろを歩くよ。そしたら君を見て歩くから真っ直ぐでしょ?」
さっきの足跡を見る限りそれは無理である事くらい分かるだろうに、何故振り出しに戻ろうとするのかと目を細めて睨んでやった。
すると千石は怖い顔するなよ、なんて怒った顔をして見せて、直ぐにまた笑う。表情を器用に変えながら話題をずらすのはコイツの得意ワザだ。
「じゃあ隣りを歩けば文句ない?」
「はあ?」
「だーって、後ろも前もダメなら隣りしかないじゃん!」
じゃん!じゃねぇよバカ。
なんでこの俺が隣りに並んで歩いてやらなきゃならないんだ。断固拒否に決まってんだろ。ふざけんな。
「跡部クンも並んで歩きたいなら素直に言いなよね。」
「誰もそんな事言ってねぇからな!勝手に隣りに来るな、くっつくな!!」
いきなり隣りに来たと思ったらどさくさ紛れに腕を絡めてきたので、それを全力で振り払い、遠ざけると千石は
な、が多いよ?君。とか言いながら笑って後退した。
雪の中で唯一明るい橙を靡かせながら笑う奴はバカその物で、だからこそ嫌いではなかった。
「コケるぞ。」
「そしたら跡部クンが助けてよ。」
「誰が助けるか。放置だ放置。」
「ヒドい、傷ついちゃうよん?」
「キモい。」
嘘つきが。
それは言わないで口を閉じる。
嘘つきに嘘つきと言った所で、空っぽな笑みを浮かべて返されるだけで何にも成らない。
いっそ本当に傷つける事が出来るのならそうしてやりたいくらいだ。
傷つけて、バカの中に俺が残るなら。
傷つく事が出来る程にバカが正面に戻れるなら。
どんなに良いか。
「お前も俺も、結局は…」
欠けている。
「跡部クン?」
「…なんでもねぇよ。おら、隣り歩くんならさっさとしやがれノロマ。」
「了〜解。」
白の中、鮮やかな色を纏って千石は笑った。

俺達は救い様もない者同士で、お互いにそれを分かっているからこそココにいる。
だからもしも願うのならば、お互いが欠けているモノを補い合えたら……、そんな幻想を願う。





かけている
(賭けている。幻想に)


END

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