「ごめんね。」
そんな言葉が聞きたかったわけじゃない。
「駄目みたいなんだ、俺。」
本当は言い訳をするなと殴ってやりたい。
それなのに
「さよなら、跡部クン」
出来ないのは、その笑顔があまりにも苦しそうに崩れていたからなのだろう。





許してなんて言えない






携帯の画面に映し出されて居る名前を見つめてもう何時間だろうか。
変化など自分が起こさなければ訪れないのに、この携帯画面に変化が訪れるのではないかと期待して永遠に見つめ続けて居る。
連絡を取らなくなって一週間。毎日鳴っていた携帯は今はもう死んだ様に静かだ。
いや、死んだも同然か。
何故ならこの携帯はもう鳴らないのだから。
メモリーに居るのはたった一人で、その一人から掛かって来なくなった時点でコイツは御役御免。
哀れな携帯だ。
似合わないと何度も笑われたオレンジ色の携帯。それはアイツの色だから選んだ色で、似合わなくて当然と言えば当然だった。
それでも俺はこの色に拘ったのだ。

案外分りやすい束縛だったかも知れない。ずっと、どんな時も手元に置いておきたい。
そんな象徴。
バカみたいに俺はアイツに溺れていた。
考えもしなかった、離れる日なんて。
何度も夢を見ている様な気持ちになって、否定しようとして、事実を曲げられない事に悔しさなのか、悲しさなのか分からない感情が渦巻いた。
あの日が何度もリフレインする。
何度も何度も俺は手を伸ばす。
だけどどうしてもアイツの背中に手は届かなかった。
事実あの日も俺の手は届かずに終わったのだ。いや、手を伸ばせなかった。が正しい。
何も言えなかったし、何も出来なかった。
情けないし、惨めだ。
悲しげに歪む表情をしたアイツを抱き締めてやる事すらも俺には出来なかった。
そうして居たら何かが変わっていて、アイツは今も俺の隣りで笑っていてくれたかも知れないのに。
あの時の俺は抱き締めてやる事すら出来なかったんだ。
何故か、
答えは至極単純すぎて自分でも笑える。
アイツを失いたくないと思う自分自身に戸惑ってしまったのだ。何にも頼らず、常に個であった自分がそうでなくなる事に俺は畏怖した。
引き止める事が、縋り付く事が、怖かった。
そしてアイツも同じように、変化を恐れた。
俺だけを必要とする事も、たった一人を好きになる事も、アイツには怖くて出来なかったのだ。
自分ではない何かに成ってしまうのではないか。そんな恐怖が俺達を支配し、浸食し、蝕んだ。
その結果、俺達は変化を拒み、止どまる事を選んでしまった。
進む事は常に恐怖を連れて来る。
知っていた筈だ。
知っていたし、分かっていた。
それでもお互いを選んだ。
自分達の意思で選び、進もうとした筈だった。
だが俺達は結局負けてしまったんだ。
嘘では無かった筈なのに。

握り締めた携帯が軋みを上げる。
目に痛いオレンジに視界が霞んだ。

もうフワリと舞い踊る橙を目にする事はなくて、だらしなく垂れた目を見る事もなくて、俺はいつも通り一人で生きて行く。
別段何かが変わるわけじゃない。
戻るだけだ。
そう。既に変化は訪れていた。
出会い、そして愛し合った時点で、本当は変化が訪れていて、俺達は前へと進んでいた。
ただそれを受け入れる度胸を持ち合わせていなかっただけ。


失いたくはなかった。
(だが変わる事も恐ろしかった)

抱き締めてやりたかった。
(だが独りに成る事を恐れたくなかった)

殴ってやりたかった。
(だが本当はアイツだけの所為ではないから、出来なかった。)


結局は時間の問題だった。
アイツの方が優しかっただけ。自ら傷つく事を選ぶ強さを持っていただけ。
別れはやはりいつか来たのだろう。

俺達は愛し合う事に臆病だ。
そのくせ幸せを人並みに願うのだから不思議な話だとも思う。



今日も明日も明後日も、この携帯は鳴らないだろう、一生待ったとしてもそれは変わらない。
だがきっと俺は、一生懸かってもこの携帯を手放せやしない。


それは多分、アイツも同じだろう。







許してなんて言えない
(傷つけたから、弱さゆえに)



END

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