ほんの少し痛みが体を駆け巡り、目が覚めた。
眼前に広がる見慣れた白い天井にうんざりしながら視線を右に逸らすと、やはり見慣れた眼鏡の男が目に入ったので、取りあえずおはようと挨拶をすれば彼も何かを記入しながら挨拶を返してくれた。
それに満足して俺がさらに視線を下げると、自分の右手に刺さっているコードが目に入る。先ほどの痛みはこれかと漸く状況を把握し、溜め息を吐きながら部屋の時計を見た。
時間は昼の十二時過ぎ。
あ、やばい。
脳内が瞬時にいまの状況を思い出し、一瞬で冷や汗がわき出て来る。
今日はお昼に会う約束を彼としていたのに、なんて事だ。これじゃあ完全に遅刻だし、きっと怒られてしまう。
呑気に挨拶なんてしている場合じゃなかったんじゃないか、と自分を叱咤し、少しでも早く彼の元に向かうために眼鏡を催促する。
いっそ俺の所為じゃなくて眼鏡が検査するの遅くってさ〜、って言い訳しようか。なんて下らない事も頭を駆け巡った。
要するに今、現在進行形で俺はパニックなのだ。だと言うのに涼しげな顔で依然何らかの書類を書いている眼鏡に、ふつふつと八つ当たりにも近い怒りがわき、まぁ八つ当たりなんだろうけど。衝動のままに膝蹴りを入れてやればなにすんねん、と独特なニュアンスの文句が返って来た。
それに対して顔を背ける事で返してやると、もうすぐ終わるから堪忍してや、と弱気な謝罪が俺へと掛けられた。
悪い奴ではない。
それは俺だって重々承知だけれど、俺も時間なくて大変焦っているのだ。

「よっしゃ、こんなもんやな。跡部には連絡入れといたるから、あんま焦ってコケんでな。」


うん。良い奴なんだ、忍足は。








カナリヤ
この傷がある限り









この世界には大きな階級分けと差別が存在する。例えば忍足は“医者”で、階級はかなり高い。俺のような“商品”達のメンテナンスや健康管理が主な仕事に成っている。
俺の場合は階級の一番下、人権を認められない人造人間だ。種類は大きく分けて四種類。猫と魚とイタチと鳥がいる。
俺はその中の鳥に部類される。
鳥の仕事はただ一つ。歌う事だけ。
主人の望むままに歌い続け、その命を落とすのが俺達鳥の宿命だった。
鳥に声はなく、紡ぐのは音のみ。しかし本当に歌を紡げる鳥は少なく、本来の称号を得る事なく鳥達は死んで行く。
何故なら鳥は、歌の為にどの商品達より改造を受けるからだ。人体はそれに耐え切れず、二十歳を迎える前にその命を落とす。
なのでこの世界に“カナリヤ”は存在しなかった。
世界を救うと言い伝えのあるカナリヤを、人は求めた。カナリヤの歌さえあれば世界は衰退を免れ、繁栄がもたらされると信じ。
俺達鳥はそのカナリヤ候補生であり、出来損ない。
他の商品達もそこからの派生と言えるだろう。最初の目的はカナリヤを造る為でも、今はもう娯楽の為に玩具を造り続けているだけだ。
それでも俺達鳥の中にはカナリヤになりたいと心から願う子もいた。
でもその子は結局俺よりも若い年でその命を落とした。改造を重ねられた体が限界を迎え、最期には白く霧散したと忍足から聞かされたのはまだ記憶に新しい。
何故あの子はヒドい目に合いながらも世界の役に立ちたいと笑えたのか、結局最期まで分からなかったけれど、あの子が言った大切な人の為にも、の言葉には共感出来た。
俺も、彼の為だったらきっと出来る。いや、絶対と言い切れる。
俺を人間として扱ってくれる主人。俺は彼が大好きだった。

「跡部クン!」

金色がかったダークグリーンの髪を風に靡かせた美しい人に手を振る。
彼は小さく手を振り返してくれた。

俺の主人、跡部景吾。
彼はこの階級社会での上流貴族であり、王家の血を引く人間だ。
鳥には本来声はない。だけれど彼のお陰で俺は声を持っており、歌を紡がない。
つまり俺は鳥ではないとも言えるだろう。
それは全て彼と言う人が俺の人権を認め、与えてくれたからだ。
だから彼が願うのなら俺は喜んでカナリヤを目指す。彼が俺に自由を与えてくれたから、だからもしも彼が困るのなら今度は俺が助けるのだ。

その誓いは俺の胸の中でひっそりと立てられた。

俺が鳥である事に変わりはない。声があっても、彼が人間だと言っても、俺はメンテナンスを受けなければ生きられないし、身体能力だって馬鹿げてる。

そして、なによりの証拠である羽根を千切られた痕はどんなに治癒能力に長けていたって消えない。
それでも、彼が俺を差別せずに隣りへ置いてくれるから、だから俺は笑ってられる。
大切だと言ってくれるから、幸せだと思える。
彼の物だというこの手首の刻印があるから頑張れる。


俺の世界はなによりも君を中心に回っているのです。


この傷がある限り
(俺は貴方の側にいる事を許される)



END
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