好きって言葉に捕われてる。
そんな気がするんだ。
たった一言、その言葉を聞きたいが為に滑稽な真似をしながら生きてるような、そんな感じ。
俺がそう呟くと跡部くんが酷い顔をした。
せっかくの綺麗な顔を歪めて、感情を全て混ぜ合わせたようなよく分からない表情を浮かべて俺を見ている。
きっと跡部くんには大層理解のできない発言だったんだろう。
でも跡部くんが俺の言うことを理解できていないのはいつもの事で、俺が意味不明な事を言うのも日常茶飯事だから何で跡部くんがそんな表情をするのかはよくわからない。
いまさら驚く発言でもないだろうに。

だから俺はどうしたの?と興味本位で聞いてみた。答えが予測できないこと程面白いものもないから。
それに対して跡部くんは変な表情をさらに変にして、どうしたもこうしたもあるかよ、って曖昧な言葉を紡ぎながら少しだけ不安そうな色を見せた。
いったいどうしたのだろうか。

跡部くんがこんな曖昧な態度を取るのは凄く珍しい。
曖昧を世界一嫌ってそうな人なのに。

「跡部くん?」











好き









綺麗なオレンジが気に入っていた。
人によっては茶色とも見てとれるが、俺には太陽に透けた瞬間のオレンジがとても印象的だった。
だからなのか俺の目はオレンジを追っていて、いつの間にか千石清純という名前も刷り込まれていた。
特に違和感もなく入り込んでくる千石の存在に恐怖を覚えたときもある。
そう、例えば千石と街中で会った時にお互い仲が良い者同士みたいに会話できた時とかだ。
実際俺達はまともに会話などしたこともなかった筈だと気がつくと少し嫌な感覚に襲われた。
それは限りなく恐怖に近い感情だっただろう。

しかしそんな感情に支配されても千石を拒むことはできず、結局は流されるようにして打ち解けてしまった。
千石は違和感を消すのが上手い。
呼吸をするように簡単に、自然にこなす。

それが千石の生き方なのだろう。
処世術に長けているとは正にこの事だ。

だから俺は違和感に抵抗するのを止めて、千石を受け入れた。
そうすると今までとは違う千石が見えてくる。
アイツの言動に混ぜられた訴え。主張。
千石清純という人間は誰より誰かに好かれたいのだということ。

それに気づいてしまったとき、俺の中でなにかが変わった。
千石に対する思いに、ほんの少し恋情が混じったのだろう。滑稽なまでに愛を求める千石を見ることで。
だがそれと同時に俺には一つの思いが生まれた。
それは千石に対する庇護欲だ。
千石が自分の滑稽さに気づかぬ様に、愚かさに嘆かぬ様に、俺が守ってやらないといけないと。


なのに


「好きって言葉に捕われてる。そんな気がするんだ。」
千石はもしかしたらとっくの昔に気がついていたのかもしれない。
ただそれを口にはしなかっただけで。
俺はただただ千石が紡ぐ言葉を呆然と聞いていた。
現しようもない感情の渦を受け止められずに見つめていれば、俺を見た千石は心底驚いた表情をして、直ぐにからかいを帯びた表情に変わった。
だがアレは千石が戸惑っている時に浮かべる虚勢の表情だと俺はしっている。
多分俺は相当酷い表情をしているのだろう。

窓から差し込む光に照らされたオレンジを見つめながら俺は微笑みを浮かべた。

「どうしたもこうしたもあるかよ」
しかし上手く笑えなかったのか千石は表情を歪めて俺の名を呼ぶ。
俺は大層表情を作るのが下手らしい。

「千石、
なんて顔してんだよ、お前。」

泣きそうな、不安定な表情。
千石がそんな顔をする理由が俺にはまだわからない。
だがそれでも抱きしめていいだろうか。
少しでもそれは慰めになるのだろうか。

「君に言われたくないかも」

妙に遠く感じる距離。
それでも千石の声は確かに俺へと届く。なら、俺が手を伸ばせば千石に届くのだろうか。

この想いも、言葉も

届くのだろうか





好き
(その言葉に捕われたくなくて、)
(それでもそれしか言えなくて、)
(ただただ僕らは泣いたのです)



END
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