心が折れそうになる時がある。
そう言った千石の顔はあまりにも無機質で、現実味のある言葉には到底聞こえなかった。
本当にそう思って口にしているのだろうか、と疑問を抱くほど千石清純という男から掛け離れたその台詞はいったいどこから生まれたのだろう。
自分の抱くイメージからは想像もできない言葉を発する千石を、思わず呆然と見つめるしか出来ない跡部に千石は視線を向けると困ったように苦笑を浮かべた。











eden











千石と跡部が出会ったのは二人がまだ二年生の時に行われたJr.選抜合宿の時だった。
跡部にとってはその合宿自体はあまり興味の出るものでなかったのだが、自身がライバル視している手塚国光が参加するとの知らせを聞いた為に意気揚々と合宿への参加を決めていたのだ。
しかし参加してみれば目的の手塚は合宿に参加しておらず、その代わりに補欠として参加した千石が悠々とそこにいたので、その事に勝手な話であるが苛立ちを感じた跡部が喧嘩を仕掛けたのが二人の出会いという事になるだろう。
千石からしてみれば最悪な第一印象になるわけだが、何の気まぐれか跡部に対して彼が嫌な態度を取ることはなかった。逆に笑顔で跡部に接し、自ら跡部に話し掛けることが殆どだっただろう。
そんな千石に跡部の方が戸惑う羽目にはなったが、跡部自身も今まで千石の様な人物と接した事がなかったためか、満更でもない態度で楽しんでいた。
たぶん千石の包容力に惹かれたのだろう、と今になって跡部は思う。
喧嘩になろうが、我が儘を言おうが、最後には千石が笑って許してくれる。
そんなところに甘えていたのかもしれない。

だが跡部はその甘え故に沢山のことを見逃している。いや、見ないフリをしている。
自分の抱く千石清純像から掛け離れたものを跡部は受け入れない。

その証拠に今も跡部は苦笑する千石から視線を逸らした。
心が折れそうになる。
それは千石からのSOSだ。しかし跡部には千石がなぜそんな事を言うのか理解できない。
千石が浮かべる苦笑すら跡部にとってはまるで現実味のない夢のようだった。

「人間って理解できないものは見えないらしいよ」
ある人が言ってた、と千石は顔を逸らした跡部に語りかける。
例え目の前に首吊り死体が有ったとしても、それを理解していない人には見えないんだって、と語った千石は口許に僅かな笑みを浮かべていた。
それは自嘲と言うのかもしれない。

「つまりなにが言いたいんだよ」
少し苛立ちを含んだ言い方をする跡部に対して千石は僅かに呆れた目をして見せる。
わかっているから苛立っている癖に、相手にわざわざ言わせようとする跡部に呆れているのかもしれない。

「俺はね、跡部くんが思ってるほど君を理解なんてしてないし、万能じゃないんだよ」
そんなのは当たり前だ。諭すようにゆっくりと告げた千石の言葉を跳ね退けるように跡部は叫んでいた。
当たり前だと、知っていると、ただそう繰り返す跡部を千石は無言で見つめ、悲しげに瞳を閉じる。
わかってるなら、いいよ。
ただその一言を告げた後、千石が口を開くことはなかった。
跡部はざわつく胸を押さえつつも自分の愚かさに首を振り、何もなかったかの様に手元の本へと視線を向ける。
残るのは不自然な沈黙ばかりで、それでも跡部はどこかで思っていた。
次には千石が何でもないような顔をして笑うのだと。

俺、君のこと結構好きだよ?
Jr.選抜で千石が笑いながら告げたその一言。
それが二人の今を築いた。
跡部は今でもその言葉を覚えているし、きっとこれからも忘れないだろう。
だが跡部が千石の気持ちに気付くこともきっと一生ないのだと千石自身はわかっている。
わかっているけれど、跡部の側を離れられないのだ。
だから明日になれば千石は笑うだろうし、跡部もそれに安堵する。
そして永遠にその偶像は消えないのだろう。

「跡部くん、俺は君が好きなんだよ」

ずっとずっと、
それこそ一生、
不毛な片想いなのだろうけど







eden
(あなたの楽園)






END
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