なにをもって愛とするか。それは難しいね、と千石清純は言った。
彼いわく、人間は時と共に移ろい行くものだとか。
それに対しては神尾も特に意見はないし、その通りだと思う。だがなにをもって愛とするかを難しいと告げた千石には、違和感を感じずにいられなかった。
なぜなら千石という人間は神尾にとって愛を語ってなんぼのタラシ男であり、決して愛に真剣な男ではないからだ。
そんな人間が愛を真剣に語るのは不思議で不可解。
神尾にはまったく理解出来ない。
なので適当にそうなんですか、とだけ返して後は丸投げした。わからないものを追求する事に神尾は執着しない。
むしろ理解出来ないのならそれでいいとバッサリ切ることが出来てしまうくらいだ。神尾はいい意味で目の前だけを真っ直ぐ見ている。
しかしよそ見が出来ないからこその執着はあれど、探究心には欠ける。
千石は逆にその執着心がない。
探究することが答えの有無関係なしに好きな千石には執着が欠けている。
だから神尾が空返事をしようが、千石がそれに意を唱えることはないし、千石が理解出来ないことを言おうが、神尾がそれを追求することはない。

アンバランス。

千石は神尾と自身の関係をそう呼んだ。
だが神尾自身は逆にバランスが良いように感じていたので初めてソレを言われた時は大いに首を傾げた。
お互いの有益に繋がっても無益には繋がらない関係だと思っていたのに。どこがアンバランスなのか。
それは探究心に欠ける神尾の心をほんの少し動かした。
知りたいと、僅かでも神尾は思った。

だが千石がアンバランスの理由を語ることも、神尾がアンバランスの理由を問うこともない。
結局いまを保つ方が神尾にとっては重要だったから、今を壊す危険を伴ってまで答えを知りたいとは思わなかったのだ。

「神尾くんは愛について考えたりしないのかい?」
指先で机に何かを描きながら千石が問いかけると、神尾は店内に流していた目線を目の前に座る千石へと戻してから返答を考えた。
千石は机をさ迷っていた指先でポテトを掴み、口に運んでいる。
別に神尾だって愛について無関心ではない。実際恋する相手もいる。
だがソレと千石の言う愛がイマイチ自分の中で繋がらないのだ。

「千石さんはなんで愛について考えるんすか」
神尾の問いに千石は万遍の笑みで返した。
その表情は得意げだ。

「愛したいからだよ」
それは。

「なんだか微妙な表情だね?」
本当に愛なのか?
疑問は神尾の胸で広がり、モヤモヤと形作る。
千石はそんな神尾に笑みを向けながら紙コップのジュースをストローで飲んだ。

「なんか変ですよ」
正直な感想に対しても悠々と笑みを浮かべている相手に神尾は僅かな苛立ちを感じる。
理由はないのかもしれない。
初めて千石に出会った時に感じた苛立ちと似ているコレは、神尾が千石に向ける警戒心の表れなのではないだろうか。
踏み入ることなかれ。
誰かがそう言った気がした。

愛を知らぬ人が愛を語るのは愛を知らないから。それは一つの空想。妄想。理想。
ある意味純粋で、ある意味残酷な人間だ。

「君が変だと感じるのはきっと俺を理解しているからだね」
心にグサリ。
神尾が望まない言葉を千石は飄々と放ち、なんでもないかの様に鼻歌を歌った。
理解なんてしていないし、したくない。
千石という存在は神尾にとって一生遠い存在で十分なのだ。

「理解なんてしてません」
絞り出した声はどことなく震えていて頼りないものだったが、それは神尾の精一杯であり、最大限。
チキンハートは震えて泣き出しそう。
だというのに千石はまったく聞こえていなかったのか鼻歌をご機嫌な様子で歌っている。
周りに人がいたらかなり恥ずかしいだろうな、と神尾は苦し紛れに思考を変えた。
振り回されるのはいつも自分だと神尾は痛いほど知っている。それでも一緒にいるのは変に気遣いをしないで良い分楽だからだ。
しかしそれでは補えないほど千石が憎くなる時がある。

「それも一つの愛なのかな」
まるで鼻歌の延長戦のように千石は歌った。
いや、喋ったというべきなのだが神尾には歌ったように聞こえた。
まるで全部わかっているよと言いたげな表情で。
だから俺はこの人を好きにはなれないのだと、神尾は口に出さずに毒づく。
わかっていない癖にわかったフリをして、人の表情を探りながら答えを探す。種は簡単だが動態視力に頼ったその技はそうそう真似できない。
だから神尾はいつだって振り回される側なのだ。

「愛なんてない」
「そう?」
当たり前だ。
アンタに愛を感じてたら俺は終わってる。なんて率直な意見が頭に有るはずなのに口からその言葉が出てくる様子はない。
自分の意気地なしな部分にはほとほと呆れはてた、と神尾がひっそりと吐いたため息は空気に溶けていった。
愛の形は色々あるらしいが、千石清純という人間に愛を当て嵌めたとしたらいったいどんな愛が出来上がるのだろうか。
自分には足りない探究心をフル活用して神尾は答えを探してみた。だが既に答えがないことを知っている為か、頭は乗り気ではないようでまったく回転してくれない。

如何に愛の形がそれぞれだと言えど、千石清純に愛を当て嵌めることだけは出来ないだろう。
彼に愛はない。
だから彼は誰も愛さない。愛せない。

「でもきっと神尾くんは俺を見捨てられないから、それを愛と呼んでしまえば愛は成立するんじゃないかな?」
そう笑う千石を見つめて、結局誰かに愛されたとしても自分は愛さない、愛せないと言ってしまっている事に気づいていない彼を神尾は密かに憐れんだ。
愛したいからだと言っているわりには他人の愛を語る彼が愛を知る日は果たしてくるのだろうか。
そんな事を考えて、神尾は頭を振った。






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