長かった気もするし、短かった気もするけれど、どちらかと言えばやっぱり長かったんだと思う。
あっという間だったよ、なんて笑って言えるほどアッサリと時は進んじゃくれないもんだ。
でも不思議なものだね、愛する人と別れる瞬間ってのは。
だってきっと他人からすれば俺達の別れは一瞬だ。ただ荷物を纏めてさようならってだけ。
でもね、俺にはとても長く感じられたんだよ。
なんでなんだろう。
そんな事を考えながら俺は冷たい床に寝転がってくすんだ天井を見つめた。
所々が黄ばんでいるのはこの部屋が古いから、ってだけじゃなくて彼が吸ったタバコの影響もある。だって彼、跡部くんはテニスを辞めてからタバコを吸うようになって、いつの間にか随分なヘビースモーカーとなっていたから。
いつも部屋には紫煙が舞っていて、彼とのキスは子供の甘味を消した大人の苦味に変わってた。
俺はその所為かあまりタバコが好きになれなくて、代わりにお酒ばっかり飲んだ。
でもお酒自体そんなに好きでもないからその内に見栄を張るのにも飽きて、お酒もあんまり飲まなくなった。
それを見て彼はいつも子供だな、とか言ってたっけ。
別にお酒やタバコを好きなら大人ってわけでもないじゃんね。

でもなんだか彼に子供と言われるのが俺は凄く嫌いで、その度に殴り合いの喧嘩をした。いつも先に殴るのは跡部くんだけどね。
俺に口で勝てないからって直ぐに暴力に頼るんだ。悪い癖だよ。
でもその悪い癖を直すそぶりは見えなかったな。直す気がなかったのかも。
そうして色んな事を思い出していると、冷たかった床は俺から体温を奪ったおかげで温もりを持っていた。
少し居心地の良くなった床の上に丸まって、俺は目を閉じて睡魔を呼んだ。ちょっとだけ眠ろう。
今日は色々あって疲れたんだ。












不器用に優しく










目が覚めると外はすっかり暗くなっていて、部屋はホンノリと太陽の匂いを残してはいるものの、ひんやりとした冷たさを纏っていた。
そういえばまだ夕飯の買い出しもしてないや、と俺は漸く思い出して頭を覚醒に導くけれどなかなかやる気が出なくて、起こした体を脱力させたまま窓の外をジッと見つめる。外は暗い。
いっそ今日は夕飯抜きでもいいかな、なんて思ったけどそれじゃあ明日のバイトを乗り切れやしないし、何より彼がいないとなんにも出来ないなんて悔しくて仕方ないから薄い上着を羽織って財布を持った。
いつもは当番制だった夕飯の準備もこれからは俺一人でやらないと。
いってきますって言っても声は帰ってこないけど、俺はキチンといってきますを言って鍵を閉めた。
決別や割り切りは大事だ。
いつも通りを見失ってはいけない。

だから俺はこれからの日々もこれまでと変わらずに生きるよ。
寂しくなんてない。
ただ階段の音を部屋の中から耳を凝らして聞かなくなるだけ。
誰かを待つ生活から離れるだけだ。
君だってそうでしょ、跡部。

誰かの世話を焼いたり、怒ったり、そんな生活から離れるだけ。
でもきっとそんなに大きな変化じゃないから、お互い順応能力はあるほうだしすぐに慣れちゃうよ。
人生そんなもんだって。

慣れた道のりをスーパーまで歩きながら俺は今日の夕飯を考えた。
楽な方がいいけど、どうせだからお好み焼きでも食べようかな。
もんじゃでもいいか。跡部はもんじゃが嫌いだったからここ数年めっきり食べてない。
失礼なことに彼はもんじゃを食べ物じゃないとか言いやがったものだから、それ以来この俺が気を使って食べていないのだ。
人の好物をなんだと思ってんだと思いながらも、よく我慢したよなあ。
大体彼はいつもそうなんだ。自分の価値観を人に押し付けるし、同じものを見ろと強要する。

……あれ?

ピタリ、
俺は足を止めた。
何故って、自分に絶望したからだよ。だって俺はさっきから跡部のことばかり考えてるじゃないか。決別だとか割り切りだとか言いながら思い出に縋って、未練に背を向けたフリばかりしている。
なんだよ。
俺、全然ダメじゃん。
こんなのってバカみたいだろ。
自覚した途端色々なものが競り上がって、溢れそうになって、頭がぐるぐると回りだした。

その所為で目の前にはスーパーが見えているのに足は一歩も進まなくて、悲しくなる自分が嫌になる。
なんでこんなに苦しいのか、答えは一つだ。
俺はまだ、跡部を好きなんだ。

認めたってなんにも成らないから平気なフリをして、引き止めるのが見苦しいから笑って見送ったくせに、今更こんな気持ちをどうすればいいんだろう。
俺は心底バカだよ。
跡部にだって何度も言われた。
自分でもわかってる。
いや、わかってるフリをしてる。
ねえ跡部。
俺はまだ未練があるみたい。
バカみたいに君が好きだよ。
跡部のいない明日が本当にくるのかと疑問に思うくらい受け止めることが出来てないんだ。
なんだよ。本当に心底バカじゃないか。

情けない。情けない。情けない。

ごめんね跡部。

苦しさに詰まる胸を押さえて、俺はスーパーに背を向けた。
逃げる癖は治らない。
立ち向かう強さは一向に現れない。
だけど君はきっとそんな俺を笑ったりしないんだろう。
バカだと罵りながらも俺を肯定して、庇護してくれるのだろう。
そうやってずっと俺は甘やかされてきたんだ。
君の優しさに守られてたくせに反発して、いっちょ前な口を聞いては喧嘩した。
君は優しくすることに不器用な人だったのに、いつも必死に俺と向き合っていたね。
俺はそれに甘えすぎたんだ。

泣きそうになる自分の弱さに吐き気がした、そんな時。
ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴った。
俺は必死に逃げようと走っていた足を止め、携帯を取り出して表示された画面を凝視する。
同時に喉が引き攣るのを感じた。
これは悲しさで引き攣ったんじゃない。たぶん嬉しさだろう。
泣いてしまうくらい嬉しくて、情けなくて、それでもやっぱり嬉しくて、涙が溢れたんだ。

たった一つのメール。

たった一行の内容。

不器用な優しさが詰まったそれは正しく彼そのもの。

「お腹、減ったな」

ようやく出てきた声は震えていたけれど、今度こそ俺はちゃんとスーパーに向かった。
材料を買って、ご飯を作って、お腹一杯食べたら返事をしなくちゃ。
心配無用、って。










不器用に優しく
(ちゃんと飯食ったか)






END
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