あの日から俺は部屋を出る事すら禁止された。
理由は勝手な外出をしたからって事になっているが、他にも理由がありそうな顔を明るさまにしていたので、何らかの理由があるのは間違いないだろう。
その理由自体はまったく分からないが、親父が俺達の訪れた"場所"に過剰な反応をしていたのだけが気になる。
自分達が縄張りとしている範囲の筈なのにファミリーの人間殆どがその場所を知らないってのも気掛かりだ。一体なにを隠したのか。
それを聞くことが出来ないまま謹慎になってしまったが、それも明日には終わる。
そうしたらまた行こう。親父は二度と行くなと言っていたが、そこまで言われたら逆に気になるのが人間だろ?
それに、俺はまたアイツに会いたい。

俺は視線を窓際に飾られた花に移した。少し元気のなくなったたくさんの花。
その花をみて思い出すのは夕日で輝くオレンジ。
たった一度会っただけだが千石は俺の中に随分と根深く居座っている。
また会いたい。あの笑顔に。













そして謹慎が解けたその日、俺は一人で千石の元へと向かった。
こんな事をすればまた謹慎を言い渡されるか、もっとキツイ罰を言い渡されるかはするだろうが関係ない。何を隠しているのか暴いてやろうじゃねぇか。
一人の行動は危険だが忍足を巻き込むわけにもいかないしな。
それに俺も戦えないわけではない。もしも殺し屋野郎に会ったとしても簡単に殺されるつもりは毛頭ないんだ。
俺は脇に差した拳銃に触れて深呼吸をした。

準備は出来ている。

しかし相変わらず賑やかなその場所で千石を見つけるのは簡単じゃない。千石に関する情報を何も持たない俺には居場所を特定することも出来ず、結局千石に出会った広場にあるベンチへと腰掛けた。
さて、どう捜すか。

「お兄さんお花はいかがですか?」

困ったなと腕組みをした時だ。
目の前には一輪の花。台詞は笑いながらだがあの日と同じで、視線を向ければそこには千石がいた。

「また来たんだ?」
「お前、いつもここで花を売ってんのか?」
「うん」

俺は千石に会えた事に安否しながら花を受けとって、今度はキチンとコインを手渡してやる。
千石もそれを受けとってニコリと笑ったかと思うと、花籠から黒く光る拳銃を出して俺の額に当てた。
ごく自然なその動作に俺は疑問も驚きも覚える隙を貰えず、処理しきれない情報に呆然としながら千石を見つめる。
俺に拳銃を向ける千石を。

「でもここにはもう来れない。だから花を売るのは今日で終わり。」
「せん、ごく?」

俺が漸く搾り出した声は千石の、君が最後のお客様だよ?良かったね、と軽やかに告げられた言葉によって消し去られた。

「なに言ってんだよお前!」
「わかんない?君を殺すって意味で言ったんだけどな」

なんで。は声に成らなかった。
千石の細い指が引き金を引いた瞬間、銃声が響いたかと思うと体を後ろに引っ張られ、視界には銃弾をひらりと避ける千石が映る。
いまの一瞬に起こった事を理解出来ないまま俺は広場の噴水の影へと連れていかれ、その間も銃声が止むことはなかった。

「忍足!なんでお前が…いや、なんでファミリーの奴らが此処にいる!」
「詳しい話しは後や!今は安全な場所までとにかく走るで!」

俺の腕を引いた人間の正体が忍足と解るやいなや、俺は襟首を掴んで現状の説明を迫った。だがその手は忍足によってアッサリと払われ、切羽詰まった顔で俺を怒鳴るとまた腕を引っぱりながら走り出す。
周りからは銃声や悲鳴、絶叫が飛び交う。
耳を塞ぎたくなるような音ばかりだ。
さっきまでは賑やかな明るい街だったのに、いまは血が舞う悪夢。
なんでこんな事に、
俺はただ千石に会いたかっただけだ
話をして、もっとアイツを知りたかっただけ。
なのにアイツは俺に銃口を突き付けた。
なぜ?

「千石が……犯人なのか?」
「………ああ」

ファミリーの人間を殺した犯人。
それが千石だと言うなら俺が狙われたのも頷ける。
そして、
俺に近付いた理由も。

嘘だと叫びたい衝動を飲み込んで俺は走り続けた。
ただただ走ることだけに夢中になりながら、後ろを振り向かないようにして。
ああ、世界ってやつは無情だ。













「とりあえず跡部はここにおって」
「お前は?」
「周りの様子を見てくるわ」

暫く走って辿り着いたのは街から離れた場所にある廃墟だった。
確かに身を隠すのにうってつけの場所だ。

「なぁ忍足」
「どないしてん」

俺は廃墟の安全を確認した途端外へ出ようとする忍足を引き止めた。
不思議そうな顔をする忍足に、苦笑が浮かんだ。いまわざわざ言うことでもないか。
言葉を飲み込んで何でもないと首を振るが忍足の表情から訝しむ色は消えておらず、それでも残してきた仲間が気になるのかホンマに行くで、と声を掛けてから背を向けて走り出した。
俺はそれを静かに見送り、静寂に包まれた廃墟で一人の人間の名を呼ぶ。
この廃墟に居るであろうもう一人の名を。

「千石、居るんだろ」
「……気づいてたのに残ったの?」

暗闇から響く声に妙な懐かしさを覚えた。
たった一度あっただけなのに不思議な話だ。
俺が目を凝らせば千石は暗闇からこちらに歩みを進めており、その手には拳銃がしっかりと握られている。
これが現実なのだと俺は自分に言い聞かせながら、千石から目を逸らすことはしなかった。

「なんで逃げなかったの?どうせ殺されるからって怖じけづいた?」

まるで人を挑発しようとしているかの様に笑う千石に、似合わない表情だと感じながらもその全てを拒絶せずに見つめる。
先程までは受け入れたくない余りに逃げだしたから。

「ここに来る間に全部聞いた」
「全部って」
「お前が俺達を恨む理由をだ」

そう。
逃げながら俺は忍足から原因を聞いた。
昔起きたある事件の話を。そして千石がその事件の生き残りであろう事を。

「ふぅん。じゃあ君は哀れみで殺されてくれるってことかな?」
「違う!そうじゃない。…ただ、聞きたいことがある」
「なに?最期のお願いくらいなら聞いてあげるけど」

目の前にまで迫った千石の瞳を見つめ、言葉を紡ぐ為に息を吸い込んだ。

俺は哀れみで命を投げうつ様なことはしない。それは絶対だ。
例え千石が俺達ファミリーの抗争に巻き込まれて家族や友人を失ったからと言ってそれに同情なんてしない。それを望むような奴だったらきっとこんな道を選ぶ事は出来なかっただろうし、千石は同情なんかでその死を片付けられないだろう。
当たり前だ。
俺が千石の立場だったとしても同じ復讐の道を選んだに違いない。
だが、だからこそ俺は千石に聞きたい。
なんで、

「なんで、俺を直ぐに殺さなかった。」

チャンスは有った。
初対面の時に千石は俺を殺せた。何の痕跡を残さず殺せた筈だ。
俺は一人だったし、無警戒もいいとこ。それなのに何故その時に殺さなかったのか、俺にはそれが不思議だった。

「賭けをしたんだよ」
「賭け?」
「……俺達はね、小さな街でバカやってるだけのギャングだったんだ。」

それは小さな声だったが静寂に支配された廃墟ではハッキリと音を持って耳に届いた。
俺はその声に耳を傾け、しっかりと言葉を刻み込んでいく。

「本当にバカだったけど、それが何より楽しくて幸せだったんだ。なのにいざこざに巻き込まれて、有りもしない罪でみんな殺された。
君達のファミリーが罪を全部俺達になすりつけて殺したんだ。俺はそれが許せなかった。絶対に復讐してやるって決めた。だけど……君があまりにも楽しそうに笑うから、友達とはしゃいでるから、俺達と何も変わらないんだって思ったら良くわからなくなったんだよ!」

千石は口調を荒げて頭を抱えると、全てを否定するように首を振った。
今なら千石から銃を奪うのは簡単かもしれない。
だが俺はただただ俯いたままの千石を見つめた。
暗闇で見る茶髪がこんなにも胸を締め付けるのは何故だろう。
出来るのならまた日の光りの下でオレンジに輝く髪をみたい。

「千石」
「俺は、わからなくなったから賭けをしたんだ」

一番最初に告げた言葉。
それを繰り返して千石の瞳が真っすぐに俺を見る。
そこに迷いはない。

「もう一度君が会いにきたら殺そうって」
「そうか」

言い切った千石を見つめて、俺は爽快に笑ってやった。
迷いがないならいい。
俺を殺す事に躊躇いがないのならそれで良いんだ。

「俺は君を殺すよ跡部」
「ああ」
「逃げないの」
「逃げない。だからお前も逃げるな」

驚いた表情をする千石にお見通しだバカと言ってやれば今日初めて吹き出す様に千石が笑った。
バカは君だ、と言った千石の表情に何だか安心した。

「約束しろ、生き続けると」
「太陽の下を?」
「そうだ」
「考えとくよ」

静かに向けられた銃口に目をつぶり、最後にみた笑顔を思った。
痛みはない。
たが銃声と共に意識は薄れていき、確かな死を感じる。
脳裏には懐かしい記憶が溢れ、これが走馬灯かと何故だか遠い意識で感じた。
その懐かしい記憶の中にはたくさんの笑顔が溢れており、血塗られたマフィアという職業にもこんなに沢山の幸せがあるのかと今更になって知った。
そして、その記憶に混じる小さな小さなオレンジ。それは俺がまだ殺しも知らないような歳の記憶だ。
俺はその小さなオレンジ色の少年と笑っている。とうに忘れてしまったずっと昔の記憶。

そして、ほんの一日だけなのに妙に鮮明な色を持った千石の記憶。

『おはなはいかが?』

懐かしい声がした。
一緒に笑った少年の声だ。

『お花はいかが?』

千石の笑う声もした。
だから、多分平気な気がした。
千石は太陽の下で真っすぐと生きていく。そんな気がしたから、俺は鮮やかなオレンジを想いながら静かに眠った。


生きろ
俺の命を背負って、
太陽の下を












オレンジ
(それは輝く太陽のようで)



END
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