部下が一人死んだ。
だがこの業界じゃ人が死ぬ事自体はさして珍しくない。ついさっき挨拶を交わした奴が明日になれば死んでるかもしれないような世界だ。
だから誰が死のうがいちいち驚かないし嘆かない。
しかしここ最近は妙に死人が多く、目立った抗争があるわけでもないと言うのにその数は異常な数字だった。
しかも犯人の痕跡は無く、狙われる人間は俺達のファミリー限定ときた。プロの犯行。それも俺達のファミリーに怨みがあるか、もしくは単純な勢力争いか、ってところだろう。
相当な実力の持ち主であることは殺された連中の実力から見てもわかる。例え不意をつかれたとしてもタダでは転ばない様な奴らだ、そいつらが殺される程だと言うなら用心するに越した事はない。と警戒を怠ってはいないはずだと言うのに被害者は一向に消えず、犯人も捕らえられぬままだ。
特に俺は大事な大事な跡取り息子様だって事で厳重にガードされてはいるが、この調子だとそれも無駄にしか思えない。
だいたい俺が死んだ所で困りゃしないし、潰れない癖に…。
もともと血族を重んじる習性がある所為でどうにも俺に跡を継がせることに御執心だ。コッチの迷惑省みず。

そんな考えに耽っていると、不意に開いたままのドアをノックする音が聞こえた。
答える為に視線をドアに向ければ、そこには黒い髪を後ろで結わいた眼鏡の男が立っている。

「忍足か」
「暇してんとちゃうかなー?って思うてな、外にいかんか誘いに来たんやけど」

真っ黒のスーツを着こなすそいつは俺の幼なじみであり、俺と同じく子供の頃からこの業界にドップリ足を突っ込んでいる人間だ。初めて人を殺した時も、いつだって隣には忍足がいた。だからこそ、唯一心を許せる相手と言っても過言ではないだろう。
人の死に一々悲しんだりしていられないのがマフィアの世界だが、もしもコイツが死んだとしたらその時だけは非情な人間で在りたくはない。

「外出許可は取ったのか?」

最近は頻繁に外へ出る事も許されない。そんな俺を誘うのだからキチンとした手順で許可を得たのだろうな、と疑いの意味を込めて聞けば忍足はわざとらしく肩を竦めて笑みを浮かべた。
つまり許可は得ていないと…
忍足らしいと言えばそれまでだが、本当に今の状況を理解しているのかと多少心配になる。しっかりしている様でちゃっかり手を抜く奴だからな、コイツは。

「ったく、後で責任取れよ」
「息抜きに誘ってあげたんやから責任は半々やろ」

知るかバカが。と軽くあしらってやれば相変わらず冷たいだのなんだの言いながらも俺が通る道を無駄のない動きで開け、通り過ぎた俺の後ろへと静かに着いた。
その洗礼された動きに長年の付き合いを感じ、俺は密かに笑みを浮かべた。














忍足と訪れたのは少し離れた街の一角だった。
そこはこの街で行われている汚い事を何も知らないとでも言うような活気と華やかさに包まれており、まるで別世界の様な美しさで包まれている。
随分と長い間この街にいるはずが、俺は一度もこの場所に訪れたことがなく、新鮮な気持ちが体を支配していくのが何だか心地好い。
これは確かに息抜きには丁度いいかもしれないな。

「ええやろ〜この活気。最近見つけたんやで。管轄外の場所やから今まで全然気づかんかったわ。」
「そうだな。俺も初めて知った。」

ちょっと遠いんやけどここならえぇ息抜きになるやろ、と俺の背を押すとズイズイ人混みに押し入れてくる忍足にこんな人混みで狙われたらイチコロだな、と冗談半分に笑ってやった。そうすると忍足は盲点やった!とか大袈裟に驚いたフリをしてゲラゲラと笑う。
緊張感の無さは世界一かもしれねぇなコイツ。


それからしばらく二人で色々な店を周り、息抜きを建前に遊び尽くしていた。時間の経過を気にせずに遊んでいればいつの間にか日が沈み始めており、さすがに帰らないとヤバいなと話ながら足を帰路へと向けた時だ。

「あ!荷物店に忘れとった!」
「は?」
「すまん、ちょっとここら辺で待っとって!」

どうやら先程買い物をした店で荷物を忘れてきたらしい忍足は慌ててそう言うと急ぎ足で来た道を戻っていく。
俺は仕方がないので近くの広場にあるベンチへと腰を下ろし、荷物を脇に置いて景色を眺める事にした。
そこから見る景色は相変わらず賑やかな世界と沈んでいく夕日がマッチしていて美しい。
久しぶりの息抜きは存外楽しかったな、と俺は言葉には出さないが忍足に感謝はしておくことにした。

「お兄さん、お花はいかが?」

しばらくそのまま景色に見入っていると、ふと声を掛けられた。それと同時に目の前には一輪の花を差し出され、驚いて声の主を見ると明るい茶髪をした青年が笑みを携えて立っていた。
歳は俺と対して変わらないであろう青年を俺は思わずまじまじと観察してしまう。職業柄人を疑うのは癖みたいなものだ。

「なに?俺変な顔してる?滅多にいない美形だと自負してるんだけど?」
「っふは!それはねぇな!」

俺が訝しむ視線を送っているにも関わらず、その青年は特に気分を害した表情もせず、逆にユーモアを感じてしまうような発言を本気でしてくるものだから俺は思わず吹き出して腹を抱えてしまった。本気で言っているところが可笑しくて堪らない。
どうやら悪い奴ではないらしい、と直感が言うので俺も疑うことは止めて今度は警戒の意味ではなく青年に視線を向ける。青年はイマイチ納得出来ないと言いた気な顔をしていて、それが余計に笑いを誘う。
普段ならこんな簡単に気は許さないのだが、今日は息抜きのし過ぎで多少気が緩んでいるようだ。

「そんなに爆笑しなくても…そりゃあお兄さんほどの美形ではないかもだけどさぁ」

いつまでも笑っている俺を見ながらぶつぶつと文句を言い出した花売りの青年は、先程俺に差し出した花を指先で弄って遊び始めた。どうやら指癖が悪いようだ。
そんな事をしたら売り物にならないだろうに。

「おい、花を買って欲しかったんじゃないのか?」
「え?買ってくれんの?ラッキー!一本の値段は〜って、あ!また茎結んじゃった…じゃあコッチの花にする?」

やはり無意識でやっていたのか、綺麗に結ばれた茎を見て明るさまにやってしまったという表情をしてから違う花を差し出す青年にまた笑いそうになってしまう。
おっちょこちょいもここまでくると病気だな。
仕方がないので俺は青年の手に握られたままの茎が結ばった花を指さした。

「それでいい。」
「どれ?」
「お前が結んだヤツ。どうせ売れないだろ。」
「え!いいよいいよ!これは俺が自分で買うから!」

人に売るなんて滅相もない!と慌てて両手を振る青年に変な所が律儀な奴。と思いながらタイミングを合わせて青年が持ったままだった花を奪ってやった。
その一瞬芸に驚いてか、青年が自分の空いた手を見て呆然としている間に俺は花を入れているカゴへと金を突っ込んだ。
先程から一人百面相をしている青年が面白くて仕方ない。

「え!ちょっ!ま!お金!多いよ!?」
「気にすんな。」
「気にするって!」
「貰っとけばいいだろ。」

金を貰うことに戸惑う必要はない。むしろ大体の人間は喜ぶだろうに、青年は頭を抱えて唸りだす始末。
一体なにがそんなに嫌なのか。
しばらくして、ああもう!と叫んだかと思うと青年は俺を睨みつけてから花を入れたカゴごと俺へ突き付けてきた。

「は?」
「全部あげる!それでもお釣りがくる金額だけどそれで許してあげるから全部受けとって!」

何を突然言い出すんだコイツは。と視線を青年に向ければまだふて腐れた顔のまま、譲歩してあげたんだからいいだろ!とソッポを向いてしまった。
本当に変な奴。
こんなに変な奴には始めて会った。
俺はその新鮮さになんだか胸が熱く震えて、興奮にも似た高揚を感じた。

「面白い奴だな。お前、名前は?」
「人に名乗る時はまず自分からって知らないの?まあいいけど…俺は千石。」
「ふぅん。俺は跡部だ。」

もう会わない気もするけどよろしくどうぞ、なんて言いながら千石が差し出した手を握ってその熱を確かめた。
熱い熱い体温はまるで炎。

そう思って見つめた千石は夕日に照らされていて、茶髪が綺麗なオレンジに見えた。
輝く海に反射する光に似たオレンジ。それはとても神秘的な色だ。

「じゃあな、連れが呼んでるからもう行く」
「うん。じゃあね。お花買ってくれてありがと。」

俺は人混みから忍足の姿を確認すると、受けとったカゴを手にしっかりと持ち千石に別れを告げた。千石もそれに答え、礼を言いながら軽やかにその身を翻し帰路へと歩いて行く。
その足取りは軽やかだ。
俺は千石の背中を見送ってから忍足の元へと向かった。

帰ったら千石から買った花を部屋に飾ろう。



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