「男同士に女側とか関係あるのかな」
「は?」
「だってまず女側もなにもないでしょ?どっちも男なのは変わんないし、何かを失うのは同じだ。だいたい入れられた側がアンアン喘ぐとは限らないし、入れてる癖にアンアン言っちゃう奴だっているかもしんないし!」

だからそもそも受け攻めを決めて優劣を生もうとするその考え自体が間違ってるんじゃないかな。
と千石は下に引かれながらもまくし立ててきた。
コイツの意味のわからない言動はいつも通りなのだが、さすがに時と場合を考えるべきだと思う。
いざヤろうって時に普通そんな話題を振るか?それとも自分は受け入れる側をやりたくありませんっていう拒否の表れなのか。
俺は下から見上げてくる千石を見つめ返し、真意を探るが皆目検討もつかない。
そもそも千石を理解しようというのが間違っているのだ。深読みすれば浅く、浅く考えれば深く。常に相手の真逆を考えている人間のことを理解出来るはずがない。

「つまりお前は抱かれたくないってことか」
「別にそんな事はないよ?君を抱くほうが大変そうだし。」

じゃあなんなんだよ。
思わず漏れてしまった不満の色を帯びた言葉に千石は飄々とした表情で特に理由はないよ、と平気で宣う。
だから頭痛いんだお前の相手をすると。
真意はなんだ。
すっかりやる気も萎えて(もしも行為を中断するのが目的だったとしたらまんまとしてやられた)俺はため息を吐きながらベッドを下り、部屋に備え付けられている冷蔵庫へと足を進めた。
上半身裸のままだから少々肌寒くも感じるが熱を冷ますには調度良い。

千石はと言うと頭だけを動かして俺を見ながらやんないの?だとか言ってきやがるもんだから冷蔵庫を開けてペットボトルを投げつけてやった。
俺は俺でもう一つペットボトルを出して中身を飲む。喉を通る水は大した味もしなかった。

「俺別に喉渇いてないけど」
「うるせーよ。黙ってろ。」

ひどいひどい。跡部くんは本当にひどい人だ。
バッサリと切り捨ててやれば、千石はそんな事をブツブツと言いながら足をバタバタと動かし、布団を上下させ始めた。
うっとおしい奴。
動きが一々カンに障る辺り一種の才能だ。
だがそれでも俺はそんな奴に欲情したわけで、組み敷いて抱こうともした。
危篤だな。
きっと明日には死んじまう。
千石と一緒にいると自分までその濁流に飲み込まれていくような気がして、恐怖や心地よさが俺をダメにしていく。
堕落とは正にこのことか。体も頭も冷えてだいぶ気持ちが落ち着いてくると今度は冷静な自分が行いを咎め始めるからキリがない。
自分自身でも面倒な性質だとは思う。
だが治らないものは仕方ないわけで、千石のバカもどうしようもないのだろうな。きっとアレも生まれもった特性に違いない。
そう思えば多少のバカも見逃せる気がする。
そんな事を思いながら今だに酷いを連呼している千石に視線を向けた。

「…そこまで酷いと言われる筋合いはないだろ。」

いい加減煩くなって言葉を発するも、千石はちらりと俺を見てからまた顔を逸らして酷い酷いと連呼し続ける。
このバカを許容するのはやはり無理かもしれない。

「何が酷いんだよ」
「き み が、酷いんだよ」

もう一度言葉を変えて投げかければ今度は視線を向けない代わりに強調された返事が返された。
妙に強調したのはあくまで俺を攻めたいからか、はたまた違う意味が有るのか。
こんな思考も意味はないのだろうが千石は常に相手の頭を悩ませる回答しかしない上に、俺の頭は考えたがりだからコレはもうどうしようもない。
意味が有るか無いかで片付けられないのが癖と言うヤツだ。
だがしかし、考えても分からない事は質が悪い。いったい俺の何が酷いんだ。
どちらかと言えば寸止めを食らわせた千石の方が酷いだろう。どう考えても。
だが問題がまずそこではないのだとしたら予想のしようがない。

「言いたい事があるならハッキリ言え」

今度は少しだけ体が身じろいだ後、体を起こして俺を見た。
その表情は先程までと違って僅かに怒りを含んでいる。

「俺は君が好きだけど、君は俺を好きじゃない」
「なに…」
「それなのに君は俺を利用するんだ」

だから酷いんだよ。と続ける千石について行けずに、俺は呆然と千石を見つめていた。
話が見えない。
どうしてそんな話に発展したんだ?しかも俺は別に利用だなんて…千石を、利用なんてしていない。

「俺達の関係が正しくないって分かってるんでしょ?」

ギクリと、確かに心臓が言った気がする。
男同士の恋愛を正しいものとして受け入れている方が珍しいだろ、と笑い飛ばせるはずが俺の心臓は臆病な音を立てた。言い当てられたとでも言うように。

千石にはそれが分かったのか、目を細めてからベッドを下りて俺へと歩みを進める。俺は思わず後退りそうになったのを必死に堪えた。
逃げればそれは肯定だ。

「正しくないから選んだんだよ君は。俺の好意を利用して、常識に反抗したかっただけなんだ」
「違う」
「反抗している背徳感に欲情してる癖にそれを俺へと差し替えてるだけ」
「違う!」
「違くないよ。君は好かれる事や常識に逆らう事に優越感を覚えていただけで俺を好いてなんかいないじゃないか。」

目の前にたどり着いた千石が真っ直ぐ見つめて来るのに対して俺は視線を合わすことが出来なくなっていた。
指摘されればされる程心臓が軋む。
俺は確かに一度だって千石に好きだとは言わなかった。だがそれは言えなかっただけで、千石を好いていないわけじゃなかった筈だ。
なのに俺は千石を目の前にして、真っ直ぐ否定ができない。
それは千石が言うことに真実が有るから。

「ほら、やっぱり君は酷い。」

そう言った千石はただただ泣きそうな顔をしていて、俺は自分自身の残酷さを漸く認識していた。
確かに酷い。
最低最悪と言われても否定できない悪行だ。
そしてそれを理解した上で千石を抱きしめる俺は本当に酷い男なのだろう。

「なんで抱きしめんの」
「お前が泣きそうな顔をするからだろ」
「酷い人だね、跡部くん」
「……ああ」

ここまできて最初に千石が何を言いたかったのかが分かった。
優劣とか、抱かれるか抱くかとかじゃなく、ただ嫌だったんだ。俺が背徳に感じた欲望で行為に及ぶこと自体が千石には堪えられなかったのだろう。
だからあんな謎めいた言葉を使って救援信号を僅かに発していたんだ。

それに気づいた瞬間、背中に温もりが触れた。
熱い、千石の手だ。
俺が強く抱きしめればそれに答えるように力を込める熱い手が無性に愛おしくなって、泣きたくなった。

俺は本当に酷い男だ。

「わるい」










それが始まりだとして
(いつか愛する人になれるなら)




END
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -