お祖父様が亡くなった。
長く生きた方だったと思う。

「お父様、泣いてらっしゃるの?」

父はとてもお祖父様を慕っていて、母がいつも私にお父様はとても甘えたさんだったのよ?と言っていた。
だからきっと父にはとてもとても哀しい死だったのだろう。
もちろん私だって哀しい。
お祖父様は厳しい人だけれどとても優しく、理解のある人だったから私も大好きだった。

「お祖父様は…とても優しい方だったんだ。」
「知ってる。私もそんなお祖父様が好きだったわ?」

父は小さな小さな青い花が咲く花壇の前にしゃがみ込んで静かに語りだした。
私は後ろに立ったままその言葉を聞く。
その声は涙声だったから、きっと娘に表情を見られたいとは思わないだろう。

「お祖父様には好きだった人がいたんだよ。」
「え?」
「でもお家柄、その人と結ばれることはなかった。それでも母を愛し、私を愛して下さった父様を私も愛しているよ。」
「うん」

それは初めて聞くお祖父様の過去。
お祖父様はご自身の事をあまり語らない人だったから、私はあまり御祖父様のことを知らなかった。でもきっと父も直接聞いたのではないのだろう。
自分の過去を息子に話して同情されるような中途半端な方ではないから、きっとずっと一人で抱えて生きるつもりだったに違いない。
そして最後までその意志を貫いて死んだのだろう。
でもそれならいったい誰が父にその話をしたのか、そこまでは私にはわからない。

「お父様は相手の方を知っているの?」
「一度だけ……会ったよ。会えばすぐにわかった。」
「なぜ?」
「お祖父様と同じだったんだ。足首に、色褪せていてなんども切れたのを結び直した後があるミサンガをしていた。」
「ミサンガを?」
「きっと大切な願いがあったんだろうね。何度切れても結び直してしまうほど大切な願いが。」

父はそう言うと空を仰ぎ見た。
柔らかな風が吹いて、お祖父様の花壇に咲く青い花が宙に舞い上がる。

それを追うように空をみれば、今日は随分と快晴だったのだと初めて知った。

「ねえお父様、その花は何と言う花なの?」


「勿忘草だよ」









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