カナリヤ


崩れ落ちる部屋の中、壁や天井のカケラ達の隙間から見える彼はとても悲しげな顔をしていて、心臓が軋みを上げるのに、俺の手は彼を傷つける為に武器を構える。
殺したいわけじゃない。
傷つけたいわけじゃない。
ただ側に居たいだけ。
なのに俺は迷う事もなく引き金を引いた。
銃声が響いて、彼が呻き声を上げる。理由は俺が撃ったからだと言うのに、俺には実感なんか無く軋む心臓だけが残される。
嫌だ。撃ちたくなんかない。
どんなに叫んでも俺の手はまた引き金を引いた。今度は彼を庇った青年を撃ち抜く。
倒れ伏した青年の名前を叫ぶ彼の声が崩壊していく部屋に木霊する。
崩壊の音よりも鮮明に響くその声が俺は大好きだったのに、いまはただただ苦しさしか生まない。その原因が自分だと思うと余計にやり切れなかった。
なんで俺はこの銃を下ろせないのだろう。
彼も、彼の友人も、傷つけずに済めばまた俺に微笑んでくれるのに、なんで俺は彼を殺さなければ為らない。

一歩、足が進む。
銃を構えたまま、彼を見つめて。
キレイな青い瞳が好きだった。だけどいま俺を映すその瞳は大好きだった慈しみを持った瞳じゃなくて、少なからず俺を否定する色味を混ぜたモノ。
当たり前なのは分かってる。俺はいま彼に銃口を向けていて、彼の友人を傷つけたのだから。

なんで、なんでこう成ってしまったんだろう。
二人で一緒に居られたらそれで幸せなのに、いつからそう願う事すら許されなくなってしまった?

視界が滲む中、彼が何かを俺に叫ぶ。
もう声すら俺には聞こえなくて、消えていく音を必死に判別して彼の声を探す。
だけど届くのはノイズばかりで、遂には全ての音が世界から消えた。
もう、彼の声は聞こえない。

どうして。って何度も頭の中で叫んでいるのに俺の体は言う事を聞かず、彼の目の前に立つとその頭に銃口を当てた。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
どんなに叫んでも声は音に成らないし、体は自由を取り戻せない。
ただ分かるのは彼の唇が伝える言葉だけ。

音のない世界で音を使わずに伝えられたのは、二人で決めた約束の言葉。

“ソレ”を認識した途端。世界が揺れた。いや、ブレた。
俺の視界がフェーズアウトをしていき、傾いた視界には壊れた天井から覗く青が見える。とても澄んだ青はただただキレイで、霞む視界がとてももどかしい。

そして割れるような崩壊の音に、体が自由を取り戻した事を知った。
漸く指は引き金から離れ、自分が倒れている床の温度に安心する。
やっと悪夢が終わった。
後は彼が笑うだけだ。いつも見たいに、高らかに笑ってくれたら俺はもう何も望まずこの重たい瞼を閉じられる。
そう思って彼を目線だけで捜すと、温もりが俺の右手に触れた。
彼の、温度。
やっぱり霞んでしまっている視界では彼を見つけられなくて、握られている右手を頼りに左手を伸ばすと、まるで俺の意図を分かってくれたかのように、自らの手で俺の手を頬に導いてくれた。
暖かい彼の頬に伝う液体を知らないフリして繋がれている手を握り返せば、彼は大丈夫だ。と俺の大好きな声で囁いた。
嘘つきなんて言わない。
だってこれは彼の不器用で優しい嘘なのだから。
大丈夫。そう言った彼に俺も今出来る一番の笑顔で頷く。
優しい嘘に優しい嘘を重ねたら何に成るのかなんて知らない。ただ嘘は嘘でしかなくて、だけど俺達の中では何よりも大切な会話のように感じた。

ねぇ、もう見えないけど、君はきっと笑ってくれているよね。
この先もきっと、笑ってくれるよね。


俺は祈るように指を絡め合わせる。
二人で祈ればきっとどんなに残酷な神様だって叶えてくれるはずだ。


そんな身勝手な願いを込めて、俺は目を閉じた。







哀しいうたを、どうか
(貴方が歌わずに過ごせる事を祈って)





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