「海に行きたいな」
「冬なのに、ですか?」
「冬なのに、ね」
「………」
「どうしたの?」
「海が好きですね」
「うん」
「………」
「冬の海も良いもんだよ?」
「………今から行きますか?」
「え?」
「海」
「今から?」
「はい」
「行きたいの?」
「別に」
「……じゃあ」
「あなたは」
「ん?」
「あなたは行きたいんですよね」
「……うん」
「なら、行きましょう」






夜のしじまと濃紺






ガタガタと揺れる電車に隣り合わせで座ったまま、一言も喋ることなく前を見据えていた。
すぐ横にいる佐伯を見ることもなく、ただ暗い闇に映り混む佐伯を見つめてその表情を探っている。
分からない人だと思った。
日吉には到底理解出来ない考えを持っているから。
でも、きっと、だからこそ惹かれてしまうのだろうと自覚はあった。知りたいから近付きたい。近付きたいから知りたい。
どちらが先かは分からないけれど、こうして隣にいる理由は明白だ。
なのに最近はよく分からなくなっていた。
日吉には、佐伯の隣に固執する理由が段々と分からなくなってきている。

「日吉くんは」

ぽつりと、静かな車内で佐伯が声を発した。
名前を呼ばれたこともあり、日吉は向かいの窓から視線を外し、佐伯をみる。佐伯は既に真っすぐ日吉を見ており、ニコリと綺麗な笑みを浮かべてみせた。

「なんですか?」
「優しいよな、って」
「優しい、ですか?」
「うん」

言われたことが理解出来ないまま、真っすぐな瞳に耐え切れずに視線を外す。
どこが優しくみえるのだろう。そんな疑問が渦巻いた。
また窓を見つめて、窓に映る佐伯を見つめて、言葉の意味を考える。
窓の中で佐伯はまだ日吉を見ていた。
だから視線が交じることは無く、やはり自分は優しくなどないと思う。
佐伯は目を見るのが好きだ。だが日吉はそれに応えることが出来ず、いつだって視線からこうして逃げている。
なのに、

「優しいなんて有り得ない。」

思わず本音が零れて、
窓に映る佐伯が驚いた顔をするのをどこかで冷静な日吉が見ていた。
何かを通せばこうやって見つめていられるのに。

「俺にはそうやって色んなことを考えて、少しでも俺のために何かをしようとしてくれる日吉くんが優しく見えるよ。」

驚いた表情をまた笑みに変えて、佐伯は優しい音色でそう告げた。
だが日吉には笑ってくれる理由が分からないのだ。
無償で与えられる温もりを素直に受け止めることが出来ない。
それは捻くれて育った故なのか、ただ理由のないものが怖いのか。

「わからないです」

俺には貴方がわからない。

「俺には分かるよ」

それは強い、自信に溢れた声をしていた。
佐伯の声はいつだって透き通るような美しい生気に満ちている。だからこそその声が怖くなる時もある。
真っ直ぐな音を恐れる時もあるんだ。

「君は優しい。」
「……俺は」
「だってこうして俺の我が儘を聞いてくれるだろ?」

それは自分の為だ。
理解したいだけ。優しさなんかじゃない。
でもきっと佐伯にはそんな事すら関係ないのだろう、と日吉は口を閉じた。
少しだけ佐伯の言う優しさがわかった様な気がしたからだ。
理解しようと努力することが優しさだと言うのなら、日吉の為に日吉の優しさを理解してくれるのは佐伯の優しさ。
それは温かくて優しい、不器用な日吉にも理解できる佐伯の温もり。

「貴方が優しいから、俺も優しくなれるんですよ」

佐伯が理解してくれるからこそ、日吉も理解しようと思える。
つまりは佐伯が優しいから日吉も優しくなれるのだ。

「そうなのかな?」
「そうなんですよ。」
「なら、嬉しいよ。」

今度は佐伯の顔をみて、優しい微笑みを受け止めた。暖かいその笑顔を向けてもらえる理由は未だに分からないし、日吉には理解できないことがまだまだ溢れている。
それでも理解しようと努力することで佐伯が喜ぶのならそれで、それが、良いと思えたから。
だから日吉は佐伯の笑顔に不器用ながらにも精一杯の笑顔で返した。

いつかこの人を理解できて、同じ景色を同じように好きだと言える自分を夢見ながら。







夜のしじまと濃紺
(まずは向き合うことから始めましょう)





END
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