どうしたの?そう言って覗き込んだ千石の顔を見つめながら跡部は妙な気持ちを渦巻かせた。
何かがいつもと違う。
それは漠然とした違和感。いったい何が違うのか跡部にはわからないがなにかが確実にいつもと違うのだ。
そして、その現況は跡部の顔を不思議そうに覗き込む千石である。

変だ
こんなのは可笑しい
渦巻く不安と違和感を拭い切れずに跡部は視線を逸らし、痛むこめかみを押さえた。
その間も千石は優しく跡部に問い掛ける。

頭痛いの?
大丈夫?
と、繰り返し繰り返し。
その声を聞いていると余計に頭が痛くなるような気がして跡部は耳を塞いだ。
なにか恐ろしいものが襲ってくるような予感が体を支配している。
だが千石がそれを悟ることはなく、優しい手つきで愛おしいモノを撫でるように跡部の両手を包み込み、正面からその顔を覗き込んだ。
その表情にゾッとした瞬間、跡部は目を開けた。
視界には見慣れた天井があり、自身はベッドの上に横たわっている。
そこには千石もおらず、先程まで目の前に広がっていた光景が夢だったのだと跡部は漸く悟った。
頭の痛みだけが夢から覚めても尚続いており、こめかみを押さえながらゆっくりと目を閉じる。
変な夢をみた。
それだけで片付けるにはあまりにも強烈すぎる夢だ。いまだに恐怖を鮮明に覚えている程インパクトを与えられた。
しかも目が覚めた今でも何故アレほどまでに怖かったのかが分からない。
漠然とした恐怖だけがいまだに感覚として残っているだけで、千石のなにが怖かったのだと自分に問い掛けたいくらいだ。

とにかく汗でへばり付く服の感覚が嫌で、跡部はベッドから下りて部屋に備え付けられているシャワー室へと向かった。
すべて流してスッキリすれば何もかも忘れられるような気がしたから。



シャワーから帰ってきてまず目に入ったのはチカチカと点滅を繰り返す携帯端末だった。
カラフルな色を光らせながら存在を主張するそれを手にとり、表示されている名前にウンザリとした顔をしながら二つ折りにされた携帯を開いて内容を確認する。
メールの主は千石清純。
どうせろくな事を書いていないだろうと予想は出来ているが、ここで無視をすると後々面倒になるのは明白なので見たという証拠だけは残しておかなければならない。
それはどこか習慣にも似ている。
だが意味なく繰り返すのでは惰性か、と跡部は深くため息を吐いてベッドの縁へとその腰を下ろした。

嫌な夢をみたばかりの跡部からすれば今はあまり千石に関わりたくないのだがそうも行かない。千石とは人に良いようには動かない人間だ。
害を避ければ倍の害で襲ってくる。それならば最初の害だけを甘受けした方が幾らかマシであろう。

こちらが譲歩しなければならない状況に苛立ちを覚えたのだって最初だけだ。慣れてしまえばなんて事はないし、どちらにせよ向こうに譲歩する気がないのだから結果として間違ってはいない。
俺は常に正しいし、間違わない。跡部にはその自信があるのだ。

ピッピッピッ

電子音は調度跡部がメールを見た瞬間に鳴り出した。まるでどこからか見ているかの様なタイミングに驚きながらも通話ボタンを押せば先程までディスプレイに名前が表示されていた男の声が響く。

『やーやー跡部クン、元気〜?ってかメール見た?ちゃんと見た?』

可愛く言えば小鳥の囀り、本音を言えば煩い声が携帯から響き、耳から少し離した位置でその声を受け止める。
直で聞いていたら耳が可笑しくなってしまいそうだ。

「いま見たところだ。うるせぇな。」

『ひどいな〜、全然返事が来ないからわざわざ電話したのにさぁ!』

「それはご苦労なことで」

無駄に高いテンションに付き合うのもバカバカしいと跡部は嫌々ながらの態度を全面に出したまま受け答えをするが、千石にそれを気にした風はなく、話を進めるべく言葉を繰り出し続けていた。
千石が跡部に電話をした理由は一つ、一緒に遊びに行こうというメールへの返事を聞くためだ。

もともと遊ぶのが好きな千石はこうして跡部にも何度か誘いを持ち掛けている。その度に跡部は断るし、千石も断られるのだから諦めればいいものを諦めが悪いのか、はたまたお節介焼きなのか一向に諦めるそぶりはなかった。

「返事なんて分かりきってるだろ」

『今日は遊びに行きたいかもしれないだろ?』

ありえねぇよ、と跡部が言えば千石はどうかなぁ?と少しだけ自信ありげに言いながら今日は女の子もいるんだぞーと続けた。
(余計に行きたくねぇよ)
跡部の思いが千石に伝わるわけもないがいい加減自分の幸せが相手の幸せにもなると勘違いするのはやめてくれないだろうかと今日何度目かのため息を吐く。
(千石と喋ると疲れる)
『跡部クーン?』
(携帯越しでこれだけ疲れるのだから直接会ったら死ぬほど消耗するんだろうな)
そこまで考えて跡部は今日の夢を思い出した。
千石は目の前にいたし、この手に触れていた。
そして俺は疲れるどころか怖がっていたのだ。

『おーい。無視は立派な虐めだよ?家に乗り込んで無理矢理連れ出しちゃうぞ?』

「出来るもんならやってみろ。お前捕まるぜ。」

(なにが、怖かった?)
千石の声は電話越しで聞くよりもずっと耳に馴染む音をしていて、手は柔らかかった。
豆もあって、骨がゴツゴツしているのに柔らかくて温かいんだ。
(そしてアイツの顔が、表情が)
跡部の思考が夢を思い出すことに必死になっている中、千石は不敵な声を電波に乗せて跡部の耳へと伝えた。

ふーん?じゃあ迎えに行っちゃおうかな、と。

そう千石が喋ったのと窓が不吉な音を出したのはほぼ同じで、携帯からも窓になにかが当たった音が響いた。
これは何の悪夢だと頭を抱えたくなりながら怖いものみたさに窓へと視線を送れば見たくもないが千石がおり、にっこりと跡部に笑顔を向けている。

『迎えにきましたよ、お姫様?』

鼓膜を震わせる声は実に楽しそうだ。
ずっとそこに居たのなら電話が来たタイミングが恐ろしいほどピッタリだったのも頷ける。しかし一介の中学生が忍び込めるほどセキュリティーが甘かったとは驚きだ。なんて跡部の思考は現実逃避紛いに陥っている。

「なにが姫だばかやろう。不法侵入の王子なんざつまみ出してやるよ。」

『んなっ!酷すぎる!』

喚きながら、それでも楽しそうに浮かべられる千石の笑顔に跡部は苦笑した。
(これが怖かったのか)
夢の中で感じた恐怖を思い出して、苦しくなった胸を抑える代わりに強く握りこぶしを作る。
(怖かったのは自覚だ)
(千石の純粋な好意に対する自分の感情への嫌悪)
夢の中の千石はまるで跡部を愛おしい者かのように扱い、見つめた。だがそれは千石ではない。
それは
(俺が望んだ、願望)


「いま開けてやるから大人しくしてろ」

『やりぃ!』

通話を切り、携帯はベッドに投げると跡部は立ち上がって千石の待つ窓へと向かった。
大きな木に座っている千石は初めて跡部に断られなかったからか上機嫌だ。ガラス越しでもわかりやすい。
そしてその表情と向き合うことが何より跡部には怖かった。自分がその純粋さを夢の中で汚してしまったような気がして。

「跡部クン、ありがと」

窓を開けて1番に聞こえた音。
やはり携帯越しに聞くよりも柔らかく耳に馴染む声をしているんだな、と跡部は千石に手を差し延べながら思った。

(自覚しなければ)
(俺は素直にコイツを受け止めていただろうか)
(それとも興味すらないまま関わらなかったのだろうか)

「どったの?跡部クンもしかして具合悪い?」

「お前の所為だ、バーカ」

覗き込んだ顔が、触れた手が、
まるで夢そのものの様で、今度は恐怖こそなかったもののどうしようもない想いは結局変わらず、その笑顔を汚さないでいようと唇を噛み締めながら笑い返した。
それが、跡部の精一杯だったから。










Consciousness of love
(好きなのだと知ってしまった)






END

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