いつもと同じ光景が広がる筈の玄関前。そこには奇抜な髪色をした自称色男こと千石清純の姿があった。


佐伯の記憶が正しければ今日は平日であり(だからこそ自分は制服を着て学校へと登校するために玄関を出たのだ)普通なら登校時間であるこの時間に、突如出現した千石はラフな私服姿で立っている。
学校はいったいどうしたんだ、そんな疑問が頭に浮かび、それ以前に千石が家の前にいること自体がおかしいであろうと混乱しながらもツッコミをいれた。
佐伯には千石がわざわざ家を尋ねてくる理由がわからなかった。なぜなら佐伯と千石にはたいした接点は無く、言葉を交わしたのも夏に行われたJr.選抜が初めてだったはずだからだ。もともと山吹と六角が練習試合を組むこともなく、千石のことは噂で知っていても実際に会ったのはほんの数ヶ月前であり、親しく話すには期間が短すぎた。
つまり親しい人間に分類するにはあまりにも千石のことを知らなすぎるわけだ。
それは千石も同じはずなのだが、彼は何故か突然佐伯の家まで尋ねてきていて、しかも平日であるにも関わらず制服も着ていないのだから不思議も不思議。摩訶不思議だ。


だが佐伯の混乱を知ってか知らずか分からないが千石は終始にこやかであり、なにか言葉を求めるように佐伯を見つめながら黙ってそこにいる。
なんとも不気味なその態度に対して、佐伯は扉を開けたまま千石を呆然と見つめている態勢から動けないでいた。いま自分から言葉を発すればなにかマズイ事が起こる、なぜだか佐伯にはそんな予感があったのだ。
だからこその睨み合い?を続けること何分か、(もしかしたら何秒かもしれない)先に痺れを切らしてしまったのは佐伯だった。
佐伯は学校に行かなければならない為にタイムリミットがあるのだ、当然と言えば当然の結果であろう。
それでも佐伯は苦し紛れではあるが言葉は必死に選んだ。なるべく会話にならないように、当たり障りなく一言で終わらせよう、と。


「………おはよう」

「うん、おはよーう!今日はいい天気だね。ってことでテニスしない?ってかしようよテニス!」

千石に対して言葉を選ぶのは無駄であることを佐伯はここでようやく悟った。何を言っても用意されていた台詞を変える気はまったくなかったのだろう切り返しをされては嫌でも悟るしかない。

そして強制的に返す事を余儀なくされた返事をするために佐伯はなんとか逃げそうになる意識を総動員して覚悟を決める。

「千石、見てわかるとは思うけど俺はこれから学校なんだ」

「確かにみてわかるね。だけど俺もみてわかるとおり暇なんだよ」

それは見てわかるに入るのか判断に困るけど、そうか暇なのかと無理矢理自分を納得させて長くなりそうなやり取りにため息をついてから漸く玄関を閉めた。
遅刻して成績に響いたら千石は責任をとってくれるのかな、なんて思考に悲しくなる。負けること前提になってしまうのは果たして自分が弱いからなのか千石が強すぎるからなのか、それは佐伯には判断しがたかった。いや、考えたくなかったが正しいかもしれない。

「暇って……千石、学校はどうしたの?」

だが佐伯も簡単には諦めたくない、という思いを胸に核心をつくべく選んだ渾身の一言を発した。あわよくば言い淀んだ瞬間に千石を追い返そうという起死回生の一撃を潜ませた必殺技だ。
だが千石は怯むことなく言葉を返した。なぜなら千石にやましいことは無く、正当な理由で学校に行かなくても良いからである。

「今日は都民の日だからね!東京都民はお休みでーす。」

都民の日、そんなの県民には関係ないんだけど…そんな思考で佐伯の負けは決定的なものとなってしまった。
都民の日とはいえ、私立中学である山吹には実のところ関係なく、今日だって通常と同じように授業が行われるのだ。
だがそれを知らない佐伯は一撃必殺を打ち破られお手上げだ、と肩を落としてしまっている。もはや千石の魔の手から逃れる統べはないだろう。

計算でやってのけたのだったら恐ろしいが千石の場合は常に体当たりであり、通ればラッキー、通らなければ無理にでも通すが信念なので単純にラッキーの加護あってこその勝利であろう。

「俺これでも受験生なんだけど、成績に響いたら千石が責任とってくれたりする?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。佐伯クンの成績についてはリサーチ済みだよん!今日休んだくらいじゃ痛くも痒くもないさ。」

どこからリサーチなんてしたんだ。プライバシーの侵害だ。そうは思っても佐伯は口にはださなかった。
何を言っても無駄だとこの数分で悲しきかな悟ってしまった佐伯は諦めるほかない。
その佐伯の心情を知ってか知らずか千石はさらに言葉を続けた。

「心配性な君の為に駄目押しまでよういした徹底っぷりだよ?心配いらないって!」

「駄目押し…って?」

「佐伯クンのお誕生日って事で黒羽クンにお手伝いしてもらったんだ。」

そこで佐伯には一つの疑問が浮かんだ。
千石が出した名前は幼なじみで大親友である人物のものであり、佐伯の知る限り二人にはまったく接点がない。黒羽は夏の選抜にも出ていないのにいったいどこで知り合ったというのだろうか。

「千石ってバネと知り合いだったの?」

「うん!メル友だったりもする。」

驚いた〜?と楽しそうに俯いた佐伯の顔を覗き込んできた千石に対して、佐伯はまたため息を吐き出した。

「じゃあテニスしに行こっか!」

「……まぁ、たまにはいいかな」

誕生日だし
なんて言いながら佐伯はほんの少し笑った。
それは千石の強引さに負けて緩んだ思いから自然と浮かんだ笑みであり、佐伯自身は無意識の表情。

だがその表情をみて千石も安心したように笑った。佐伯に気づかれないように。
実のところ今日千石が佐伯の元を訪れたのは暇だから、なんて理由ではなかった。関東大会でたまたま意気投合し、仲良くなっていた黒羽にここ最近佐伯に元気がないと相談を受けていた千石はなぜだか放っておけず、今日の計画を黒羽と練っていたのだ。
誕生日にサプライズで元気を出させてやろう、と。

千石がそこまでする必要はまったくないし、黒羽と友達だからといえ佐伯とは直接関係があったわけではない。それでも千石は佐伯と関わりを持ちたいと望んだ。
それは黒羽が語った佐伯の元気がない原因であろう試合の話しに自分が被ったから。

状況も、抱えるものも佐伯とは違ったであろうが気持ちが分かるような気がしたのだ。

「テニスするの久しぶりだから手加減してくれよ?」

「えー?手加減なんてしたら俺負けるし!佐伯クン俺とタイプ似てるから隙なんて見せらんないって」

「動態視力は千石に劣るよ。単純な視力勝負なら勝つ自信あるけど」

ストテニのコートに向かいながら二人はそんな話をしていた。
佐伯も幾分か柔らかくなった表情で千石の後ろを歩いている。

「千石は凄いよな。ボクシングまでテニスに取り入れるなんて誰も考えなかっただろうに、よくそんな発想に辿りついたよ」

「勝ちへの執念、ってやつかな〜。自分を過信しすぎてたから叩きなおしたかったんだよね。」

千石が振り向きながらそう言えば佐伯は素直に感心の声を上げながら千石を見た。イメージよりもテニスが好きで勝ち気な奴なんだな、と新しく追加された情報を脳にインプットしていく。
やはり噂だけではわからないものだ。しばらく部活に出ていないのもサボりだとか、負けたショックで辞めたんだろとかそんな根も葉も無いものばかりだったし、実際は一人で自分と向き合いながら戦っていたんだから。
誰にも知られずにヒッソリと

きっと今までもそうだったんだろう。

「でも佐伯クンも剣道やったりして動態視力鍛えてたんでしょ?」

「………それもバネ情報だったりする?」

「だったりするかな。だって黒羽クンの話って殆どが六角と佐伯クンの話なんだもん」

俺ってば一人で勝手に佐伯クンのことを知ってるような感覚になっちゃったよ、と笑って語りながら千石が足を止める。それに合わせて佐伯が止まれば言葉を一度区切り、でもと続けた

「会ってみないとやっぱりわかんないものだね。佐伯クンは予想以上に凹んでるみたいだし」

その言葉に佐伯は驚いて千石を見つめた。
自分はそんなにわかりやすく凹んでいただろうか。それともバネ情報?
必死に思考を繰り返しながら千石を見て答えを探す。
道行く人達は二人を不思議そうに見ながら通り過ぎて行く。千葉はいたって普通の平日なのだから昼間から学生がこんな場所にいれば当たり前の反応だろう。

止まっていたら変に目立つ。それを避けるため、千石の言葉をごまかすため、佐伯は歩みを再開させた。
自分が凹んでいることも、理由を思い出すことも今はしたくなかったのだ。

「勝てなかったの悔しかった?」

当たり前だ
悔しいに決まってる
だけど負けたことよりもなによりずっと

「俺は俺の思いを貫けなかった。あの瞬間、俺は全てに負けた。」

おじぃの敵を取りたくて、テニスを憎悪を現す武器にした。
醜いくらい怨んだ。
そして
目の前しか見えなくなって、負けたんだ。
自分の未熟が産んだ敗北。
それを責める人間は六角には誰一人いなかったけれど、それが余計に佐伯には堪えられなかった。
間違いを知っているからこそ、誰より自分自身を許せなかったからだ。
だから苦しかった。

負けたのは悔しかったし、こんな形で全国が終わるのかって泣きたくもなった。だけどなにより自分自身を見失った自分が許せない。

「俺は俺に幻滅してるんだよ。きっとあの時の俺なら手段を選ばなかった。ラケットを武器にしてでもおじぃを傷つけたアイツに復讐してたかもしれない」

青学の声がなかったら、俺は俺じゃいられなかった

「佐伯クンは誠実すぎだって!」

「誠実?」

いまの会話の流れから出てくるとは思っていなかった言葉に佐伯が訝しい表情で振り返れば、後ろをついて歩いていた千石は大きな声で返した。
誠実だよ!と
それこそ自分には一番似合わない言葉だ。
なのに何故その言葉を自信あります、って顔で叫ぶのか佐伯には皆目検討がつかず、ただ千石に視線を返すことで先を促した。

「君はテニスに対して真っすぐすぎる。そんなに誠実じゃなくても良いのに、誠実でいなきゃダメみたいに追い詰めて、ねぇ佐伯クン難しく考えることはないんだよ!単純に考えなきゃ」

「単純に」

そうそう!と元気よく頷くと橙の髪がふわふわと揺れ、まるで太陽の様に佐伯の瞳には映った。明るくて太陽みたい。
そこは噂通りなんだな。

「テニスは楽しく!ね?」

「楽しく…そう、だな。テニスは楽しくやらなきゃな」

そんなの当たり前だ。
ずっとそうだった。
テニスは楽しく、そんな当たり前がだんだんと勝ちにこだわるせいで無くなってたのかもしれない。

「だから、俺とテニスしよ。もちろん本気で!」

「ああ、本気でやろうか」


全部を許せるわけじゃない
自分自身も、おじぃを傷つけたアイツも、許せるわけじゃないけど
だけどいまここで悩んで心配をかけるよりも、みんなとまた楽しくテニスをしたいと思えたから
だから

立ち止まらずに取り合えず前に進もう








「そういえば六角にも招待状きてるんでしょ?」

「選抜?」

「それそれ。佐伯クンも行くんだよね」

思う存分テニスをした後、二人はすっかり傾いた夕日を眺めながら冷たい風に身を任せていた。
久しぶりに体を動かした佐伯は地面に寝そべったまま動けないでいるし、千石も隣に移動してきたはいいがその後は疲れきって同じように転がっていた。
本気のテニスは夢中になるほど楽しくて、お互いに限界まで止められなかったのだ。

「本当はさ、ずっと悩んでたんだ。比嘉に仕返しするチャンスかも、って思ってたし。
でもそれじゃダメだとも思ってた。だから俺は今日千石に会えてよかったよ」

「うん。俺もよかった。」

「俺は残って後輩達にスパルタ練習でもさせようかな」

「そっかぁ。寂しいな、また佐伯クンと打ちたかったのに。」

あーあ、と千石が心底残念そうは声を出せば佐伯は高らかに笑い声を上げた。何もかも吹っ切れた顔で。

11月から開催される日本高校生選抜に今年は中学生達が特別に招待されることとなり、優勝校である青学は勿論のこと、優秀な成績を残した学校はそれぞれに決められた指定人数枠で参加することが決まっていた。
六角と山吹にもその話は勿論きており、山吹は既に参加枠分の人数での選抜を決め、滅多にないチャンスを楽しもうと部員一同で約束していた。一方の六角では参加者を誰にするか決め兼ねていたのだ。
それは佐伯と葵がこの話を断ったから。佐伯の場合は自分には行く資格がないと思い込んでいたからだが、葵はそこに行く前にまだまだ自分はやらなきゃ成らないことがある、と同じく比嘉戦で自身の未熟さを知った故での判断だった。
だが周りはせっかくのチャンスなのだからもう少し考えて決めろ、と二人を必死に説得してなんとか参加してもおうと躍起になっている。
部員達は佐伯の最後をあの試合にして欲しくなかった。だからこそ必死だったのだ。

「みんなに謝って、俺は俺のやることをやるよ。受験生は勉強もあるしね」

「うはぁ!それは言わないでっ!俺そんなの知らないーー」

「千石、現実なんてこんなもんだ」

「突然悟り開かないでって」

バカみたいに笑えるのも今だけだ。だから笑っておこう。
それくらい前向きじゃないとこんな天才だらけの世代を乗り越えられない。

周りはテニスの天才だけれど、自分だって誠実さにかけては天才らしいから
だから誠実に、テニスと向き合ってやろうではないか。

将来をみつめて、小さなプレイヤー達に未来を託して、六角そのもの俺は育ててみせる。


「六角の全国制覇も遠くないかな」

「なにさ突然。山吹だって負けてないから!」

漸く起き上がった二人は服についた土を掃いながらお互いの土まみれな姿を笑って、相手の土も落とした。
綺麗な銀色についた土も千石は丁寧に落としてやり、イケメンが台なしだねとおどけて見せる。
今日は二人にとって掛け替えのない日になった。

一生の中でのちっぽけな一日だけれど、今は大きな一歩を踏み出した大切な日だから。
今だけは、今日だけは
一生忘れない日だと思っていよう。


「あ、そうだ佐伯クン」

「ん?」

「お誕生日、おめでとう」

「ありがとう千石」












今日は記念日
(すてきな誕生日をありがとう)








END

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