なにかが出来るんじゃないかと思っていた。
だがそれは自分の力を過信していただけ。一人くらいなら救える気がしていたなんて、俺は愚かだ。

一人を救える力があるならきっと何かを変えることが出来た。だが何も変える力を持たない俺には一人だって救えない。
簡単な事だ、初めからわかっていた筈なんだ。
俺にはいつだって全てがあり、全てがなかった。
力も、道も、何も。
千石と居ることで、千石に与えることで、欲求を満たしていただけだ。独りよがりの自己満足。
誰にも……千石にさえ、俺は何一つ満足に与えてはやれない。
誰もが当然のように持っている自由意思すら俺には与えてあげられなかったんだ。

俺は、ただ愚かなだけだな。

まるで空に手を伸ばす子供のように。











カナリヤ
置き去りの子供













閉ざされた部屋で俺は一人、床に座り込んだまま窓の外を眺めていた。
いつだって晴れている青い空は雨を降らしたことがない。文献でしか知らない雨とはいったいどんな物なのかと千石と二人、話したことがあった。
何故そんな話しになったのかは覚えていないが、千石が楽しそうに話していたのだけは鮮明に思い出せる。
暖かいのかな?冷たいのかな?
甘いのかな?辛いのかな?
そもそも味はするのかな?
雨は飴とは違うの?
そんな事ばかり俺に聞いて、笑っていた。
俺にはなんでそんなに楽しそうなのか分からなかったが、それでも千石があまりにも笑っているからいつか雨を降らせてやりたいな、なんて思って……色々なことを学んだ。
そもそも雨は自然の物だからこのスクリーンで作られた空から降らすことなど不可能。
だが千石の為になにかしてやりたくて、俺は不可能とわかっていながらも文献を漁りつづけた。
そんなある日、千石は絵本を見ながら雨は空からじゃなくても降らすことが出来るらしい、なんて訳のわからない事を言い出して俺の腕を引いた。
庭に駆け出して、俺を木の根本に座らせると今度は一人で駆けていく。
いったい何をする気なのかと俺が首を傾げながら視線を送れば、千石は万遍の笑みで芝生の上に置かれたホースを手に取った。

「雨ってホースからでも作れるんだってさ!」

千石が蛇口を捻れば勢いよく水が飛び出し、自分でやっておきながら驚いたのか尻餅をついていて、ホースは自由に暴れている。
アレだけ勢いよく蛇口を回すなと言ったのに相変わらずドジな奴だ。
後で服を洗濯してやらないと。
しかし、派手な水撒きになったもんだ。少し呆れてため息が零れたけれど、そこに笑みが混ざってしまったことは自覚済み。

「土砂降りってやつだな」
「ん?どしゃぶり?」
「ああ、雨が降りすぎって事だ」
「あ〜、それは…なんと言い訳したら良いものか。」
「ほんとドジだよな、お前。」

もうしわけないです。なんて慣れない言葉を使いながら謝る千石に愛しさが湧いて、濡れるのも構わずにその体を抱きしめた。
暖かい体は生きている証。
それが何より嬉しい。

「びしょびしょじゃん」
「お前の所為だろ」

水しぶきが光に反射して輝くなかで笑う千石は何よりも眩しい。
何時かこの腕から羽ばたいてしまうんではないかと思えるほどに。

「いつか見に行こうな、雨」
「ほんと!?約束ね!」
「ああ」

だから何処にも行かないでくれとは言えなかった。

「……本当に、失うなんてな」

過去に依存している自分がバカみたいだ。
いくら思いを馳せても俺は結局千石の手を掴めなかった。部屋に監禁されて、アホみたいに空を眺めて、いったい俺は何がしたかったのだろうか。
救いたかった筈が、いまではただの理想主義者の夢見事。
何故こんなにも無力なんだ。千石はいつだって俺を救ってくれていたのに、カナリヤの力など関係なく。なのに、俺には同じ事をしてやれない。

「なんでなんだよ」

頭を抱え込んで、光を遮断した。
それでも腕の隙間から差し込む光に泣きたくなる。

千石、俺はきっとお前に恋をしていたんだ。
最初は好奇心。
次は庇護欲。
そして俺は、お前に恋をした。

きっとずっと否定してきた気持ち。それをこんなにもアッサリ認められるのならもっと早く自覚して、伝えれば良かった。
そしたら困った顔をしながらも千石は笑ってくれたかもしれない。
違う未来があったかもしれない。

もしもの話なんていくら考えても無駄だけれど、それでも考えずにはいられない自分の弱さが嫌いだ。嫌いなのに、いまはそれに縋るしか出来ない。
それが、悔しい。

手を強く握り、歯を食いしばった。泣きそうな自分が嫌で。
そんな時、突然扉の方向からなんとも気の抜けた声が響いた。

「ドアの近くにいる場合は3秒でどきんしゃーい」
「は?」

突然の事に混乱した頭が声の主と、言っている事の意味を理解する前に、今まで何をしても決して開かなかった扉が吹き飛んだ。
それも視線を動かした瞬間には壊されていたので間違いなく3秒も待ってはいないだろう。

「おーおー、すっかり萎れとるのう。」
「っお前!!」

壊された扉を睨みつけていると、そこから出てきたのはあの草原で千石を傷つけた男だった。
確か仁王、と千石は呼んでいた筈だ。
何故ここに来たのかはわからないが取りあえず扉は開いた、それならば何としてでも俺はここから出る。例えこの男が立ちはだかったとしても、俺は行かなければならないんだ。
自分の無力を自覚したのなら、それが悔しいのなら、前に進むしかない。
大切な、愛する者を守ると決めたのなら。

「そう睨みなさんなって、俺は助けに来てやったんだから」
「どういう事だ。お前は千石を連れていった筈だろ!」

俺が怒鳴ると仁王は肩をすくませ、何て言うべきかのう?と独特な言い回しをしながら窓の外を見つめていた。
それはまるで先程までの俺の様で、何かを思い出している様にも見える。もしかしたら本当に思い出していたのかもしれない。だがそれは俺が知る事ではないだろう。
今重要なのは仁王が言った言葉の意味。
そして意図だ。

「お前はどうして」
「理由は言わん。それでも信じてついて来るならここから出してやらんでもない」
「俺は」


「俺はお前を信じる。だから千石の場所へ連れていけ。」

迷わないと決めたんだ。
何を捨てても、利用しても、全力で千石を守ると決めた。
だからもう迷いはしない。
ただただ進む。
そして二度と千石の手を離したりはしない。

「覚悟はええんじゃな。」

強く頷き、仁王の差し出した手を握る。
その手もやはり千石の様に温かく、コイツも藻掻きながら生きているのだと思えた。

なあ千石
考え方一つで世界はこんなにも変わる。
だからもう一度俺にチャンスをくれないか。
時には戸惑って前に進むことを躊躇するかもしれない。それでも一歩ずつ踏み締めて、しっかりと進み続けるから。
もう迷っても諦めたりしないと誓う。
だからどうかお前も俺を選んでくれ。
俺と一緒に未来へと進んでくれ。

ずっと、俺の側にいてくれ。

それだけで俺は前へと進めるから。


「千石を、必ず助ける」



俺と一緒に、雨を見に行こう。











置き去りの子供
(もうそんな弱くはない)
(前へと進むから)







END
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