嘘つきが許される日





「跡部クン。俺君が好きなんだ。」

いつも通りの笑顔。
告げられたのは下らない言葉。

相変わらず分かりやすい奴。それがそいつの言葉を聞いた瞬間、俺が抱いた感想だった。
表情を作るのも、笑うのも、得意だと言うくせにその割には嘘がそれを補えないほどに下手なそいつは、やはり歪な表情を浮かべて俺に嘘を吐く。
口から零れる嘘は嘘でしかなくて、真実味を帯びないソレはいっそ哀れなほどそいつには似合っていた。
いつだって歪で、不器用で、存在自体が嘘つきなそいつには、蜃気楼のような、雲のような、そんな曖昧なところがお似合いなのだろう。
だがそう思っておきながらも俺はそいつのそんなところが嫌いだった。曖昧でいようとする生き方も、必死に作られる笑みも、紡がれる嘘も、全部が全部気持ち悪くて嫌いだったのだ。

どうせならもっと盛大な嘘を付けば良い。
そうしたらソレは清清しいまでに嘘だから、一握りくらいの真実を与えてくれるだろう。

しかしそれすらも出来ないバカは小さな嘘をこつこつと積み重ね、少しずつ自分に上塗りしていく。
俺の存在もその一つだ。
千石清純の小さな嘘。その一つに俺もいつの間にか組み込まれていた。
だから俺はその小さな嘘を大きな嘘に変えてやることにした。不器用な、そいつの為に。


「俺も好きだぜ。」
「……嘘つき。」
「自分から告白しておいて良い度胸だな。」
「だって有り得ないんだよ、君が俺を好きだなんて。」
「お互い様じゃねえか。」
「俺は・・・・・違う。」

ほら、嘘が下手な嘘つきが簡単にボロを出す。
だからお前はダメなんだよ。

「なら良いじゃねえか。俺が好きなんだろ?」
「…………」
「詰めが甘いんだよ。」」
「余計なお節介です。」
「ハンッ、バカもバカなりに頑張ってんのか?」

酷い人だ。最後に紡がれたのはそんな諦めの言葉だった。

そうして始まったのは大きな大きな嘘の関係。
お互いを嫌いだという恋人。
まるで千石が浮かべる笑顔の様に歪んだ関係。


その関係を千石は不毛だと言った。
それを望んでいたくせに何を今更、と笑って隣にいたそいつの頬を殴ってやる。
らんらんと輝く目は、明る様に暴力を待っていた。
だから俺は望まれるままにそいつの顔をまた殴り、床に倒れたぶざまな姿を目を細めて見つめる。

「確かに不毛だな。」

思わず口をついて出たのは紛れもない本音。
床に転がるオレンジも、赤く腫れた拳も、見飽きた。意味のない行為に少し疲れも感じていた。


「でも君がいれば飽きないかも。」

嘘つきがまた嘘を吐く。
本当は飽きたから終わりにしようと言いたくて仕方が無いくせに。
真実なんて関係無しにただ飽きたと言いたいんだろ?
恋に飽きる自分を、惰性を、演じたいだけなんだろ。お前は。

だったらさっさとそう言えばいい。
そうしたら全身全霊をかけて最後にお前を殴ってやるよ。
愛してた、って叫ぶオプション付きで。


その為だけの関係だ。
大きな嘘を背負ったまま、しかし潰れることも逃げる事も許さない。
嘘が真実に成る時まで俺は終わらせたりしない。

好きだと、
そう言ったお前が真実になるまで……




部屋の隅、床に倒れたままそいつは楽しそうに笑った。
所々が赤く染まった体を動かさず、天井を見つめる瞳はただただ悲しそうだというのに口元が歪んだ笑みを浮かべる。

「千石。」
「バカみたいだ。」
「ああ。」
「嫌い。嫌いだよ、君なんか。」
「知ってる。」

オレンジを血が赤く染めて、痛ましい痣の上を涙が伝う。
それでも体は横たえたまま。いっそこのまま死んでしまえば良いのに、なんて事を考えて俺はそいつの体を蹴り飛ばした。
呻く声に同情はしない。だが笑うそいつに泣きたくはなる。
まだ笑う。
泣いて喚いて逃げ出しても良い場面で、悲しげな顔をしなから、だが歪に笑う。
抵抗もせずに横たわる様はまるで狂気だが、そいつは狂ってなんかいない上に、暴力を振るわれる事が好きなわけでもない。
ただ受け入れているだけ。
狂ってしまいたいと願うゆえに狂気を演じて、嘘を吐く。

「ねえ跡部クン。君はなんでそうなんだい?」

虚ろな瞳が俺を捉えて、悲しみと喜びが織り成す歪なコントラストに、衝動のまま俺は怒りをぶつけた。
それは暴力と言う名の不毛な行為。


君は可哀想な奴だ。
ぽつりと、そいつは言った。
いまの状況は誰がどう見たってお前の方がかわいそうだろ。とは思ったが黙って視線を投げるだけに留まる。

続きを、聞かなければいけないような気がしたから。

「俺に構うから・・・・そうなるんだよ。」

「なにがだ。」
「分かってるくせに。結局は君も嘘つきだよね。」
「最初からそう言ってるだろ。」
「うん。言ってた。だけどその時は嘘つきだって嘘を吐いていただけでしょ?」
「ちげえよ。」
「違わないよ。君は知ってたんだ、俺と君が似てるんだって。」

そいつは俺を見て笑った。
だがその笑みは歪な笑みなんかではなく、初めて見る本当の笑み。

「ありがとう。」

たった一言そう告げて、千石は目を閉じた。
赤の中で、まるで死んだように。

「千石。」

「寝るなら手当てしてからにしろ。」

「おい。床が汚れる。」

返事は返ってこない。
だが千石は返事の代わりに手をひらひらと振ってみせた。

「俺はさ、君が好きだよ。」
「嫌いだったんじゃないのかよ。」
「嫌いだから、好きなんだ。」
「意味わかんねえ。」
「うん」
「……………明日。」
「明日?」
「エイプリルフールだな。」
「そう言えばそうだったね。」
「良かったじゃねえか。」
「なにが?」
「一年でたった一度の、嘘をついていい日だろ。つまりはお前が許される日だ。」
「・・・あはっ、そっか、嘘吐いて良い日だもんね。」

そっかそっか、さすが跡部クン!考えのスケールがデッカイや。なんて言いながらそいつは笑い続けた。
嘘を吐き続けたコイツが、俺が、許される日。

自分が本当に求めてきたもの、それに気付けないほど塗り固めた自分への嘘。
お互い、相手の嘘には敏感なくせに自分の嘘には中々気付けず、だからこんな遠回りばかりだ。

「嘘の日が真実の日、だなんて俺たちくらいだろうね。」
「ああ。」
「捻くれてる。」
「お前の所為でな。」
「うん。」
「どうせなら明日は一日中愛を囁いてやろうか。」
「嘘吐いて良いのは午前中だけなんだよ?」
「良いだろうが別に。半日くらいおまけしてもらえよ。」
「お坊ちゃんの癖にがめついなぁ。でも、跡部クンのそんなところが好きだよ。」
「まだエイプリルフールには早いぜ。」
「うん。フライングだ。」

冷たい床に寝転がったまま、なぜだか幸せそうに千石は笑った。
それに少し安心して、俺も床へと座る。驚いた顔の千石を見て、苦笑した。
すぐ隣にある血のこびり付いた髪を撫でて、もともと上塗りのしすぎで痛んでいる髪はそんなに触り心地が変わるわけでもなく、いつも通りごわごわとしいる感触を楽しんだ。
明日も明後日も、きっと俺は嘘を吐く。
千石だって同じだ。
エイプリルフールだからって何かが変わるわけではない。
ただそれが気休めでも良いから特別な日になれば良い。そう思ったんだ。

一抹の希望を乗せて、俺たちはエイプリルフ−ルを迎える。


明日はきっと、嘘と言いながら真実を口に出来る筈だと信じて。
俺たちは静かに目を閉じた。
冷たい床がただただ心地良い温度と世界を与えてくれた。





嘘つきが許される日

(貴方の幸せを望むよ)


END



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