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「でも、だからって最後まで聞いてることないと思うんだけど」

「せっかくの歌姫殿の歌声だからな。止めてしまうのは、もったいない気がした」

「それは……どうも」

 思いがけず降ってきた賛辞に、椎菜はもごもごと口ごもった。誰かに詩を聞かれたのは久しぶりだった。そこでこんなふうに言われたら、さすがに平然としてはいられない。照れくさくて椎菜は黙り込み、そっとアレスの様子を窺った。ちらりと横目で見上げた先には穏やかにこちらを見下ろす彼の姿があり、ますます気恥ずかしくなってくる。それをごまかすようにして、椎菜は慌てて口を開いた。

「どうせなら、ちゃんと聴かせるために謳ったのを聴いて欲しかったな」

 まだリウムにいた頃、酒場で謳っていたように――そのときのように謳ったものを聞かれたならば、こんなに恥ずかしさを感じることもなかっただろう。椎菜が唇を尖らせると、アレスはきょとんと瞬く。

「何か違うのか?」

「全然違います!」

 椎菜は即答して、両目を半眼にしてアレスを見た。聴衆に聴かせようと思って謳う詩と、ただ無意識に紡いだ詩が同じだなんて思えない。少なくとも、謳っている本人の意識がまったく違うのだから、同じであるはずがないだろう。椎菜が憤然とした勢いでそう反論すると、アレスは不思議そうに首傾げた。

「そういうものなのか?」

「そういうものなんです」

「だが、詩を聞かれること自体は慣れてるんだろう? それなら、そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うんだが」

「それは、まあ……」

 もっともなことをやけに落ち着いた口調で告げられて、椎菜はもごもごと口ごもった。確かに詩を聞かれること自体には抵抗はない。だが、やはり違うのだ。聴かれていると思って謳うのと、何気なく口ずさむのとでは謳い手である自分の気持ちが違う。伝えようとする、その想いの載せ方が違う。

「だって結局、未完成なものを聞かれてるわけでしょう?」

 だから、心許なく思うのだ。椎菜が人前で謳うときにいつも気をつけているのは、その歌に込められた人の想いや、そこに描かれている情景をいかに聴き手に伝えるかということだったから。恋の歌ならその歌詞の中の人物になりきるようにして謳うし、神話や歴史を紡いだ曲なら神託を受けた巫女のような気持ちで――とにかく、何かを演じるようにして謳うことがほとんどだった。そこに『シーナ=マグニス』という人間の意識はない。けれど、さっきみたいに一人きりで無意識に口ずさんだ詩は違う。



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