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「この魂(こころ) 悠久を渡る風に乗せ」

 それは世界を謳う詩。世界を生み、育て、守ってきた精霊へ感謝の祈りを捧げる詩だ。

「朝に夕べに謳い紡ぐ 愛しき大地に育まれし 健やかなる命の巡りを」

 この世に生きる喜びを、胸を掻き鳴らすような旋律に乗せて。

「我は祈る この想い 詩となりて 響け 届け 御身へ」

 演奏と共に謳い終え、椎菜はほうと息を吐いた。ざわざわと波立っていた胸の内が少しだけ落ち着いたような気がする。謳い終えたあとは、いつもそうだ。というより、謳っているときが一番心が穏やかでいられるのだと思う。どんなに振り払おうとしても、逃れられない孤独の影を気にしないでいられる時間。椎菜にとってのそれは歌と向き合っているときだった。

 使われている言語は元の世界とは違うものだけれど、そこに籠められた想いに違いはない。人を恋慕う心も、死者を悼む心も。家族が慈しみ合う心も――人が抱く『想い』だけは何処であっても、どんな場所に生きていても同じ温もりを持っている。そう椎菜は信じていたから。信じさせてくれるだけ、ここの世界の人々は温かだったから。

「……流石だな」

「――え?」

 後ろからしみじみと感じ入ったような声がして、椎菜はぱっと振り向いた。軽く瞬きを繰り返して、いつの間にか戸口に立っていたらしい声の主を見る。と、こちらを見つめる青灰の瞳と目が合った。その視線の穏やかさに、何となく息を飲む。

「アレス」

 茫然とその名を口にすると、旅の同行者の一人である若者は小さく口許を綻ばせた。そのさまを見て、急に恥ずかしくなった椎菜はつっけんどんに口を開く。

「立ち聞きなんて悪趣味だ」

 そう言って顔を背けると、アレスは静かにこちらに近づいてきた。それと同時に伝わってくる、苦笑するような気配。

「すまない」

 口調こそ穏やかだが、ちっとも悪びれてない声でアレスは言う。

「扉越しに何度も声を掛けたんだが、歌に夢中で気づいてもらえなかったようだから」

「……それはすみませんでした」

 どことなく意地の悪い青年の言葉を聞いて、自らの不利を悟った椎菜は素直に頭を下げた。が、やはり不満に思うところもあって、傍らに立ったアレスを軽く睨む。



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