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 聞こえてきたのはリュートの音色だった。椎菜がリウムに置いてきてしまったのと同じものだ。だからだろうか。現実にその音色を耳にした途端、言い様のない懐かしさが胸に込み上げてきて、聞き入らずにはいられなかった。

 何処の誰が弾いているのかは分からないが、その曲は椎菜の知っているものだった。この国で昔から、人々に歌い継がれているものだ。耳に馴染んだ力強い旋律。この世界に来たばかりの頃は違和感だけしか感じなかったこの土地独特の音楽も、今はもうすっかり椎菜の身体に、心に染みついてしまっていた。

 それが良いことなのかどうか、椎菜にはよく分からない。ここの言葉を不自由なく理解して、こうやって馴染み深いものが増えていって。そうしていくうちに、あちらの世界の記憶は少しずつ、けれど確実に薄れていく。そして、そのことにどうしても恐れと罪悪感を抱いてしまう自分がいる。

 帰る方法など知らないし、もし帰れたとしても、あちらに椎菜の戻るべき場所はない。だから椎菜は幼いながらも、この場所で生きる覚悟を決めたはずだった。幸い、自分は人との出会いに恵まれていた。養い親となってくれた夫妻は厳しい所もあるが、惜しみなく愛情を注いでくれたし、育った街の人々は皆、心の温かい人ばかりだった。そして、心から敬愛できる師とも出会えた。彼との別れはこれ以上ないくらいの深い傷を椎菜に与えたけれど、それでも自分のこれまでが不幸だったとは思ってはいない。

 そうやって十二年間、この世界で生きてきた。元の世界で暮らした七年の歳月はもうとうに過ぎ去ってしまった。けれど、どれだけの月日を重ねたとしても、自分は心からこの世界の人間だと胸を張れることはないのだろう。この世界に生まれた人々は大なり小なりある能力を持っているが、椎菜にはそれがない。それは椎菜の世界で言うところの、ゲームに出てくる魔法のようなもので、この地に生きる人たちは、その力をまるで呼吸するように自在に操ることが出来る。その様子を目の当たりにするたびに思うのだ。自分はこの世界において、やはり異質な存在でしかないのだと。そう思うとき、椎菜の胸に去来するのは寂しさと諦めの感情だ。

「……我は捧ぐ」

 意識せず、ぽろりと口からこぼれ出た詩。そして、椎菜はそのままその続きを口ずさむ。



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