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 剣の手入れは終えてしまい、いつ雨が止んで出発することになってもいいように、荷物の整理もちゃんとやった。だから、今の椎菜にやるべきことというのは残されていない。激しいとまでは言わないが、外はまとまった雨が降りしきっており、到底散歩に出る気にもなれない。隣の部屋には同行者の若者二人がいるはずだから、お茶でも淹れて行ってみようかとも考えたが、何となく他人と話すのが億劫に思えて身体はぴくりとも動かなかった。そのかわり、椎菜は深々とため息をつく。

 旅に出る前の椎菜は、雨の日をそれほど嫌ってはいなかった。もちろん外で身体を動かしているのが好きな性分だから、どちらかと言えば晴れているほうが好きなのだけど。それでも、雨の日はそれなりに上手く過ごしていたはずなのだ。

「――ああ、そうか」

 そこまで考えて、思い当たった。何でこんなに暇をもてあます羽目になっているのか。ここに愛用していた、あのリュートがないからだ。椎菜がこちらに来て音楽に触れるようになってから、養母が譲ってくれたリュート。はじめて手にしたその日から、剣と同じ――それ以上の頻度でそれは椎菜の傍らにあった。だから外が雨で剣を振るえないときは、椎菜は代わりにリュートを弾いていた。そして謳った。この世界の詩(うた)を。そうすることで、少しでもこちらの世界に近づけるように。この場所での好きなものを増やせるように。

 旅で持ち歩くには邪魔になってしまうだろうし、弾く暇もないだろうと思って置いてきてしまったのだが、こうなってみるとあの音色が恋しくて仕方ない。椎菜は鬱々とした気分をもてあましながら、ため息と共に寝台に倒れ込んだ。――そのときだ。

「あ」

 声を上げて、起き上がった。聴覚に引っ掛かった、馴染みのある楽の音。それをきちんと拾い上げるため、椎菜は耳を澄ませて音のほうに意識を集中させた。客の内の誰かが弾いているのだろうか。満室状態の、決して静かとは言えない宿の中で、始めは何か探るように、たどたどしく聞こえてきた音の連なり。それはさほど時間を置かない内に、まとまった旋律を奏で出す。



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