しおりを挟むしおりから読む企画TOP








 バイト先の最寄り駅まで停車する駅は五つ。時間にして、およそ二十分ほどだ。立っていられないほどの長時間ではないけれど、幸い座席はたくさん空いている。なので、わたしは適当な場所に腰かけた。背もたれに身体を預けて、荷物を膝の上に載せる。それから、何とはなしに車内に視線を巡らせてみた。車両の両端の席にそれぞれ一人ずつ、人の姿が見つかった。今朝は本当に空いてる。学校に行くときとは大違いだ。しみじみと思って、わたしは窓の外に目を向けた。

 カタタン、カタタンという音に合わせて流れていく見慣れた景色。窓越しに暖かい日差しを浴びて、ぼんやりとそれを眺める。車内は充分すぎるほどに暖房が効いていて、寒さで追い払われたはずの睡魔を再び呼び起こしてくる。思わず、ふわぁと欠伸が洩れた。慌てて口許を押さえて周りを見てみるけど、他の人に気づかれた様子はない。

 ほっとしつつ、涙が浮かんだ目尻を拭う。少しぼやけた視界の向こうに青空が広がっていた。窓越しに見える、フレームに切り取られたみたいな空。それはあの頃、毎日のように学校の屋上で見上げていたものとは比べ物にならないほどに狭くって。


 ――遠い、なあ。


 胸の中で呟いて、眉根を寄せた。あんなに近くにあったのに。あんなに近くにいたのに。どうして、わたしはあのとき遠ざけてしまったんだろう? 晴れた空を見上げるたびに、そんな後悔が胸の中で渦巻く。そして、その渦の中心にいるのは、あの日――高校を卒業した日にはじめて手を繋いだ彼だった。忘れようと思った、彼だ。

 クラスメイトだった。高校生活の三年間。どういう縁でそうなったのかは知らないが、わたしと彼とは三年間、同じ教室で机を並べていた。人や物事に対して淡白なわたしとお調子者で人懐こい彼は、まるで正反対の性分だったけど、どういうわけだかウマが合って、他の友人たちも一緒によく連れ立っては大騒ぎしていた。それまで学校生活に大した思い入れのなかったわたしが今、『高校時代がいちばん楽しかった』と言い切れるのは、彼のおかげと言っても過言ではないだろう。そのくらい――あの頃のわたしの生活の中心にあったのは、彼の存在だったんだ。だけど、わたしがそのことに自分で気が付いたのは卒業間際のことで。



- 10 -

[*前] | [次#]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -