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「……ん、と」

 ゆるゆると開いた瑠璃の瞳は焦点が定まらないようで、ぼんやりとしていた。そして同じようにぼんやりとした声で、アリシアが訊ねてくる。

「……カイト?」

「おう」

 低い声で俺は応じた。それが聞き取りにくかったのだろうか。アリシアは僅かに首を傾げると、目をこらすようにして俺を見返してきた。そして。

「……カイト、だあ」

 笑った、のだ。嬉しそうに。

 固いつぼみが綻ぶように、ゆっくりと、鮮やかに。

(――有り得ねえ……っ)

 何だって、こいつは。

 俺の目の前で、そんなカオ。

 急速に熱を持った顔を隠すようにして、俺はアリシアから目線を逸らした。その笑顔を、このまま直視するのは色々とマズイ。

 最初に出会ったあの頃と同じように、俺はまだ自信が持てないでいる。アリシアの全てを守ってやる自信。だから、未だに前にも後にも進めない。アリシアの、あの笑顔が持つ意味を全身で感じているにもかかわらず。

(――頼むから、)

 もう少し、待ってくれ。不用意に煽らないで欲しい。毎回毎回思うけど、この近距離で理性を保つのって結構な拷問なんだから。

 ざわざわと落ち着かない胸の内で呟いて、俺は額に手を当てた。まだ寝ぼけている様子のアリシアは何も言わない。それをいいことに、俺はしばらく沈黙を守ることにした。普通に会話を続けるなんて無理だ。アリシアの無防備さに、俺の理性はいつだって簡単に崩されそうになるんだから。

 自分の不甲斐なさに、俺は深い深いため息を落とす。あの笑顔を平然と見返せるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 切れかけた糸は、そう簡単に元には戻らない。



  【終】




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