3 しおりを挟むしおりから読む企画TOP 「……ん、と」 ゆるゆると開いた瑠璃の瞳は焦点が定まらないようで、ぼんやりとしていた。そして同じようにぼんやりとした声で、アリシアが訊ねてくる。 「……カイト?」 「おう」 低い声で俺は応じた。それが聞き取りにくかったのだろうか。アリシアは僅かに首を傾げると、目をこらすようにして俺を見返してきた。そして。 「……カイト、だあ」 笑った、のだ。嬉しそうに。 固いつぼみが綻ぶように、ゆっくりと、鮮やかに。 (――有り得ねえ……っ) 何だって、こいつは。 俺の目の前で、そんなカオ。 急速に熱を持った顔を隠すようにして、俺はアリシアから目線を逸らした。その笑顔を、このまま直視するのは色々とマズイ。 最初に出会ったあの頃と同じように、俺はまだ自信が持てないでいる。アリシアの全てを守ってやる自信。だから、未だに前にも後にも進めない。アリシアの、あの笑顔が持つ意味を全身で感じているにもかかわらず。 (――頼むから、) もう少し、待ってくれ。不用意に煽らないで欲しい。毎回毎回思うけど、この近距離で理性を保つのって結構な拷問なんだから。 ざわざわと落ち着かない胸の内で呟いて、俺は額に手を当てた。まだ寝ぼけている様子のアリシアは何も言わない。それをいいことに、俺はしばらく沈黙を守ることにした。普通に会話を続けるなんて無理だ。アリシアの無防備さに、俺の理性はいつだって簡単に崩されそうになるんだから。 自分の不甲斐なさに、俺は深い深いため息を落とす。あの笑顔を平然と見返せるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだった。 切れかけた糸は、そう簡単に元には戻らない。 【終】 |