7 しおりを挟むしおりから読む企画TOP 「でもさ」 あたしは黙ったまま、じっと龍斗を見返した。訝しむようなあたしの視線を、龍斗はやんわりとした笑みで受け止める。 「なかったらって思うと、ぞっとしない?」 ――この五感(ちから)がなかったら。 「知らなかったらって思ったら……何か、さ」 本来、人の目には見えないものたちにも、彼らなりの世界があることを。 もしそれを知らなかったら、あたし達はどんなふうにこの世界を捉えていたんだろう? 「……最初から何も知らなかったなら、何とも思わないわよ」 淡々とあたしは龍斗の言葉に答えた。それ以外に、考えようもない。始めから知らなければ、【力】がなければ、今目の前にある世界は存在しない。何もないのと変わらない。自分でも驚くくらい平淡な、冷たい声で告げると、龍斗が苦笑する気配がした。 「ま、そうなんだろうけどね」 そう言って――だけど、すぐにまた口調を改めた。それは聞いてる人間の胸に沁みるような、深くて優しい声。 「でも、俺は知って良かったと思ってるよ。【力】があって良かったって思ってる。……守れるからさ」 あやかしに苦しめられる人間を。――そして、人間に虐げられたあやかしを。 「俺に【力】があろうが無かろうが、あいつらが存在してるのは現実だろ? 確かに【門】に関しては、厭になるくらいキリがないけどさ。でも別に俺らの【力】って、それだけのためにあるもんじゃないし」 無造作に上着のポケットに両手を突っ込んで、龍斗がこちらに歩み寄ってきた。近づいてくるその顔を見上げたまま、あたしは彼の言葉の続きを待つ。 龍斗が笑ったのが、今度ははっきりと分かった。 「守れるものも、救えるものも、ちゃんとあるんだよ。そうでなきゃ先祖代々、こんな因果な仕事が続くわけがない。ボランティア精神だけでやってけるような、甘いもんじゃないんだし。……まだ、俺たちは始めたばっかだからさ」 ――始めたばかりだから。 ――始まった、ばかりだから。 だから、あたし達はまだ知らない。キリのない、無駄とも言えるような行為を続けていく先に一体何があるのか。何を失って、何が救われるのか。 あたし達には、まだ分からない。 |