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「文句があるなら、そろそろ自力で起きてみろってのよ」

「んー、ムリ」

「何で?」

 のんびりと欠伸混じりに告げられたトレインの答え。訝しく思ったリーリエは眉を寄せて訊ねる。するとトレインは紺色の瞳を屈託なく細めて、口を開いた。

「だってリィの手、気持ちいいから」

「……は?」

 たっぷり間を置いてから、ぽかんと口を開けて――リーリエは固まった。そんな彼女に構うことなく、トレインはにこやかな笑顔で続ける。

「小さいときに、母さんにしてもらったみたいでさ。リィの起こし方。枕で殴られんのはアレなんだけど……でも、何か懐かしくって」

「……何言ってんの」

 思いがけないトレインの言葉に詰まって、リーリエはつっけんどんにそれだけを返した。何よ、『母さん』って。同年代の女の子を掴まえて何言ってるんだ、コイツは。ていうか、手が気持ちいいって……まさか。

「あんた、起きてんじゃないのよっ!」

 気づいた瞬間、リーリエは顔を赤くしてトレインを怒鳴りつけた。だが、トレインは飄々として応じる。

「うん。日によってだけど」

「起きてんだったら、何か反応しなさいよ!」

「いや、でももったいないし」

「何がだ!?」

「朝のリィがいちばん優しいから」

 枕を持ち出すまでな、と付け加えて言うトレインに、リーリエは思わず胸を押さえる。

 ――まさか、気づいてたりするんだろうか。

 リーリエの中の、ちょっとした変化に。

 こうやって、くだらないやり取りをしてる時間を『悪くない』なんて思い始めていることに。

 ――分からないけど、侮れない。

 少しだけ速くなった鼓動を落ち着かせようと、リーリエはそっと息をつく。それから何事もなかったかのような表情でトレインを見下ろすと、意地悪い口調で言ってやった。

「ばかなこと言ってないで、さっさと顔洗ってらっしゃい。朝ごはん、食いっぱぐれるからね」

「おう!」

 その言葉にトレインは勢いをつけて、ベッドから飛び出した。

 そこにあるのは、春の日だまりのように暖かな笑顔。

 素直さが足りないリーリエの心を、ほんの少しだけ解きほぐしてくれる。

 多分その笑顔が見たくて、つい世話を焼いてしまってるんだろうな、なんてことは。

 今はまだ、絶対に秘密なのだ。



  【終】




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