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「……別に厭なわけじゃないんだけどさー」

 元々の性分なのか、リーリエは他人の世話を焼くことが別に嫌いではない。嫌いではないけれど、彼に対してだけは複雑な思いがあって、ついつい文句が先に出てしまうのだ。

「とーれーいーんー」

 名前を呼んでみる。さっきより少しだけ、穏やかな声で。すると、トレインの顔がゆっくりとこちらを向いた。

「トレイン?」

 起きたのか、と思った。だが、彼の目は閉ざされたまま。それ以上は微動だにしない。

 トレインの黒髪に朝の日差しが反射して、光の輪を作り出している。それをつんつんと引っ張って、リーリエは唇を尖らせた。思いの外、柔らかい。何でコイツは男のくせにムダに綺麗な髪をしてるんだろう。まともな手入れなんてしてないに決まってるのに。何かずるい。ものすごく、ずるい。リーリエはふと自分の癖毛に手をやりながら、小さく呟いた。

「……むかつくー」

 トレインはリーリエの欲しいものばかり持っている。空を飛ぶ方法も、癖のない綺麗な髪も。時々、それがひどく羨ましくなることがある。妬ましいと思ったこともある。だから他の誰かに対するみたいに、キレイな気持ちだけで優しく出来ないのだ。

「トレイン」

 立ち上がり、リーリエはベッドの横に膝をついた。そして、ぺちんとトレインの額を叩く。

「起きなさいよー」

 今度は指で、頬をつついてみた。小さな子どもみたいな顔が、僅かにしかめられるさまが面白い。

「……いつもながら、しぶといわね」

 軽く毒づきながら、トレインの頭から枕を抜き取る。頭の位置が変わったせいで、トレインが眉根を寄せた。だが、やはり起きない。リーリエはそれを呆れたように一瞥して――それからニヤリとした笑みを浮かべて、枕を大上段に振りかぶった――。



*  *  *



「リィ……」

「何?」

「……顔中が痛いんだけど」

「あ、そ」

「もうちょっと優しく起こしてくれてもいいじゃんかよー……」

 あれから――ふかふか枕の顔面殴打連続攻撃によって、ようやく目を覚ましたトレインはベッドの上で胡座をかいて、赤くなった顔を押さえた。

「だって、これが今のところ、いちばん効果的な起こし方なんだもの」

 振りかぶった後、見事に役目を果たしてくれた枕を片付けながら、リーリエは嘯く。



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