綱を渡る 6
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「はなして」

 このままじゃ、まずい。どうにか我に返ったあたしは、小さく口を動かした。思ったよりも震えた声が出て、それがあまりに自分らしくなくて、あたしは何だか泣きたくなった。このままでいたら、壊される。あたしが必死に守ってきたもの。それが全部台無しになってしまう。

 それなのに、ラザレスはまるで知らない人みたいな顔をして言うのだ。

「本当に?」

「――っ」

「本当に、離していいのか?」

 試すように、挑むようにして告げられた言葉。その響きに、身体が震えた。当たり前でしょう。離して欲しいから、離してって言ってるんだ――そんな、いつもみたいな減らず口を叩くことも出来ず、あたしはただ喘ぐように呼吸した。怖い。目の前の男が怖くてしょうがない。

 けど、そんなのはおかしい。目の前にいる男は、あたしの保護者だ。あたしの居場所を守ってくれる、絶対的なあたしの味方のはずだ。そんな人間が、どうしてあたしを怖がらせてるんだ? だったら、最初から保護者ぶったりすんじゃないっての。無条件に優しくなんかするな。後でこんな不本意な目に遭わされるくらいだったら、甘やかさないで欲しかった。おかげで、あたしは逃げられない。ここが――彼の側が、どれほど居心地がいいのかを知っているから。

(あー、もう!)

 何か考えてたらむちゃくちゃ腹立ってきたんだけど! あたしは両手を力いっぱい握り締めて、視線を上向けた。

 かち合った、いつもと違う感情と強さを湛えた瞳。だけど、あたしの目も負けてなかったんだろう。一瞬だけ、ラザレスの表情が揺らいだ。あたしはそれを逃さない。

 ――今だ。

「ふざけんな」

「ぐ……っ!?」

 それなりに鍛えられた拳を、ラザレスの鳩尾に叩き込んだ。完全に不意打ちだったんだろう。ラザレスは目を白黒させて、お腹を抱え込む。



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