綱を渡る 5 しおりを挟むしおりから読む 「アリア」 「何よ」 「お前のそれは天然か?」 「はあ?」 何言ってんの? 意味分かんない。思いきり眉を寄せて向き合うと、ラザレスはやおら真剣な表情であたしを見下ろしてくる。その目の鋭さに、あたしは思わず身を竦めてしまった。それを察したのか、ラザレスがゆっくりと右手を持ち上げた。 「お前、自分が今どんな顔してるのか。分かってる?」 ゆるゆると、その手は伸ばされる。 「『保護者、保護者』って立ち位置確認するたびに、泣きそうなカオしてんだぞ」 嘘だ、嘘。そんなことない。だって、本当のことじゃないか。本当のことを言って、何であたしがそんなカオ、 「お前は一体、どうしたいんだ?」 胸中で必死に続くあたしの反論を遮って、ラザレスが訊ねた。 「俺を牽制したいのか? それとも煽りたいのか?」 アリア、と――これまでとは違った色を含んで、あたしを呼ぶ声。それに絡め取られたように、あたしの思考は停止した。 「――あ、」 左の頬に手を添えられた。いつもは剣を握ってる無骨な指が、そっとあたしの目許を撫でる。頬に触れた指先のぬくもりが、これが現実に起きていることなんだと教えてくれる、けど。 あたしは動けない。あたしを見つめる、はじめて見るようなラザレスの視線に縫い止められたみたいに。薄く口を開いたまま、茫然と彼の顔を見返すだけだ。 ――この人は一体、誰なんだろう。 頭の中を馬鹿げた疑問が過って、あたしは苦笑したい気分になった。誰も何も、決まってる。彼はあたしの親代わりだ。父親で、兄貴分で、師匠で、それ以外の何者でもない。それなのにラザレスはそのどれにも属さない感情のこもった目で、あたしを見下ろしている。 何で? どうして? いつから、そうなったんだろう。てっきり気付いてないと思ってたのに。あたしの変化も、ラザレス自身の変化も。彼には気付かれてないと思ってたのに。 |