綱を渡る 2
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「……アリア」

 低く小さく呼ばれた自分の名を聞きつけて、あたしは後ろを振り返った。背中に垂らしたままの髪がふわりと浮いて、弧を描く。

「何?」

 僅かに乱れた髪に手をやって、あたしは声の主に訊ねた。視線の先にいるのは、あたしより幾らか歳上の若い男。但し、それは見た目だけの話だ。実際の年齢差は一般的な祖父と孫の倍以上ある。にもかかわらず、彼が若い外見を保ち続けているのは、彼が人間ではないから。

 ――半精霊、と言うのだそうだ。字面の通り、精霊と人間との間に生まれた者のこと。人間と同じような外見で、でも年の取り方は人間よりもずっとずっとゆっくりで、長命な種族。だから、あたしがはじめて彼に会ったときから、彼の姿は変わっていない。ちんちくりんのちびっこが、一端の娘に成長するくらいの時間、彼は何ひとつ変わらないでいた。

 ――変わらないと、思ってたのに。

 ちくしょう、と口の中だけで呻く。それを怪訝に思ったのか、彼――ラザレスは軽く眉を寄せて、近寄ってきた。

「どうした?」

「別に」

 端的な問いかけに、あたしはすげなく返事を返す。ていうか、先に質問したのはこっちなんだけど? それは無視したままなのか。視線だけでそう問うと、ラザレスは自身の金髪の頭をがしがしと掻いた。

「いや、何かこの街に着いてからずっと不機嫌そうだから。どうしたのかと思ってな」

「……別に」

 さっきよりも低い声で答えて、あたしは黙り込んだ。正確に言えば、あたしの機嫌が斜めになったのは街に着いてからじゃない。このひとつ前に滞在していた街から、ここに向かう道中――あたしの気分は下降の一途を辿っていたのだ。それが決定的になったのが、この街の宿で部屋を取ったときのこと。だけど、それを素直にラザレスに教えてやるほど、あたしは可愛らしい女でも子どもでもない。



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