その手をつかまえろ! 4
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「……っ! せ、とっ!」

 情けないが久々の長距離の全力疾走のせいで、俺の息はすっかりあがっていた。だが漸く、はっきりと瀬戸の姿を見ることができた。

 校舎裏の倉庫、その壁に手をついて瀬戸は息を整えていた。肩が大きく上下して、相当苦しそうだ。そして、近づく足音に気がついたんだろう。瀬戸は全身をびくりと竦ませて、こちらを振り返った。

「そ、ね……」

 瀬戸は呆然として呟くと、また走りだそうと足を動かした。

「待てよっ!」

 一度緩めた速度を再びあげて、俺は瀬戸に向かう。もともと文化部で、普段運動しなれてない瀬戸はもう限界らしく、さっきほどの勢いはない。

 だからひどく簡単に、距離は詰まった。

 腕を、伸ばす。

「きゃあっ!」

「っ!」

 掴んだ場所を思い切り、自分のほうへ引っ張った。瀬戸は珍しく奇声じゃなくて悲鳴をあげて、後ろに倒れこむ。慌てて俺は、それを支えた。

「曽根、痛い、っ」

「………」

「は、なし、て」

 息も絶え絶えに懇願する瀬戸。でも俺は黙ったまま、首を横に振る。瀬戸は身をよじって、俺から離れようとした。

「……だ」

「え」

「いやだ!」

「!!」

 怒鳴りつけるみたいに吐き出した声に、瀬戸は可哀想なくらい震えた。やっちまった、と内心で歯噛みしたけど、それでも彼女を放してやるほどの余裕は俺になかった。

 だから少し抑えた声で、再び瀬戸に話しかける。

「だって、逃げる、だろ」

 ああ情けねえ。呼吸が整わないままの声は必要以上にうわずって、押さえ込むのに苦労する。だがそれは彼女も似たようなもんで。

「にげ、ない、よっ」

 いつもよりずっと弱々しい声で、途切れ途切れに答えた。それでも俺は放してやらない。

「それに関しては、信用、しねーぞっ」

「うっ……」

 今までの自分の行いを省みたんだろう。瀬戸は言葉に詰まると、深くうなだれる。だから俺の目には、瀬戸の頭のてっぺんがよく見えた。いつも綺麗に纏められてる団子が無惨なくらいほつれている。

「あの……」

 もぞもぞと身動ぎしながら、瀬戸が小声で呼びかけてきた。

「せめて、もう少し、離れてくだ、さい」

 息切れのせいだけじゃないぶつ切りの口調で、彼女は言う。

「近すぎて、心臓がもたない……」

 そう言われて、俺はやっと気がついた。自分が瀬戸を背後から抱き込んでいる状況に。

 ――あ、まずい。

 俺はそれほど背があるわけじゃない。だけど、瀬戸は更に小柄だ。そのせいですっぽりと、俺の腕の中におさまってしまっている。

 耳まで真っ赤にして固まっている彼女を見て、俺は急いで離れようとした。

 だけど、やっぱり。

「曽根……?」

 お互いの間に少し空間ができて、だけど離されることのない俺の手と自分の腕を見比べて、瀬戸はとても不思議そうな表情をした。


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テーマ「人外ファンタジー」
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