試す人、試される人 2
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 彼女とこういう空気が作れるようになった――それだけでも、十分幸せだと思うんだけど。けど、人間ってのは欲張りに出来ているもんで。

 野球をやってた頃より伸びた前髪を掻き上げて、俺は冴香を見た。彼女はきょとんと首を傾げる。何気ない仕種に、戸惑いよりも可愛らしさが目立つようになったのは、いつからだったっけ? そんなことを思いながら、俺は口を開く。

「……冴香さあ」

「何よ?」

 呼び掛けに、躊躇いなく応じる彼女。昔は呼び捨てにしただけで真っ赤になってたのにな。慣れてくれるのは喜ばしいことだが、最近は正直、物足りなく思ったりしてる。

 俺の一言で右往左往してた彼女は、そりゃあ壮絶に可愛らしかったから。その様子を見てるだけで『俺はこの子にちゃんと好かれてるんだ』って、満たされた気分になったんだ。だって藤原冴香という人間は、興味のない相手に対してはとことん無関心で、愛想がないから。俺以外の人間の前で取り乱したりすることなんて滅多にないような、そういう子で。だから俺の言葉に、俺の行動に、いちいち過敏に反応する彼女を見てると、不謹慎だと思いながらも嬉しくて仕方なかった。普段は絶対『好き』という言葉を口にしない、態度にもなかなか出そうとしない彼女が、そのときばかりは俺のことで頭ん中をいっぱいにしてるってことなんだから。

 ただ、最近はやっぱり慣れてしまったのか。冴香はあまり狼狽えなくなった。昔みたいにからかっても、さらりと受け流すようになった。呆れたように笑って、『何言ってんの?』とかわされてしまう。それは彼女が『俺の恋人』っていう立場を素直に受け入れてくれてる証拠なんだろうけど。でも、やっぱり物足りない。今まで握っていた主導権を取られてしまったみたいで、面白くない。

 ただでさえ、言葉を使った愛情表現を苦手にしている彼女が相手だ。だからこそ俺は彼女の反応から、その裏の気持ちを読み取って自信にしてきたっていうのに。その反応まで薄くなっちまったら何をアテにしていいのか、分からなくなってしまう。

(俺ばっか好きなんじゃね? とか)

 我ながら女々しいし、馬鹿らしい考えだとは思うけど仕方ない。俺は、彼女が好きだし。求めた分だけ求められたいって気持ちは、別に悪いもんでも何でもないと思ってる。

 だから、今日も俺は彼女を試すんだ。

 俺の言葉ひとつ、行動ひとつで、彼女の頭ん中をどこまで俺の存在で占められるのかを。


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テーマ「人外ファンタジー」
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