足りない、足りない 6 しおりを挟むしおりから読む目次へ 外であれだけ右往左往していた自分はどこへやら。わたしはすっかり開き直った気分で、成瀬の次の言葉を待った。彼はゆっくりした動作で箱を拾い、立ち上がる。それから、言った。 「一時間」 「え?」 きょとんとして、聞き返す。すると、目の前に彼の大きな手が差し出された。この上ないくらい嬉しい言葉と一緒に。 「あと少しで終わりそうだから。一時間、ウチに上がって待ってろよ。それからで良ければ、一緒に出掛けよう」 ――まだ『約束の今日』は終わってないんだし。 おどけるように言われたその言葉を聞いて、わたしは笑って彼の手を取った。 たまには欲張りに行動してみるのも悪くないなぁ、なんて思いながら。 * * * そして、一時間後。 「おーい」 頭を掻きかき、呼びかけてみるも応答はなし。やたら静かな部屋の中、聞こえてくるのは彼女の健やかな寝息のみで。 「待たせてたのはこっちだからさぁ……」 寝ちまったことを責める気は毛頭ないんだけど。 「でもなぁ……」 ぐしゃりと前髪を掻き上げて、俺は呻いた。 「ここで寝るのは反則だろ……?」 項垂れて――ちらりと見た視界に入ったのは、何とも平和そうな寝顔をした綾部。俺はそれを半眼で見て、深いため息をつく。 彼女との約束通り、きっかり一時間で厄介なレポートを仕上げた後、ふと気がつけば綾部は眠っていた。午前中に買ったらしい、新しい文庫本を開いたままの状態で。しかも場所が、俺のベッドの上ときたもんだ。 (何でコイツは、こうも無警戒なんだ……) 傍らに膝を着き、その顔を覗きこむ。まるで子どもみたいな、あどけない寝顔。それが無性に恨めしい。 『ちょっとでも会いたかったから』なんて可愛いこと言われて、現金にもやる気を出した俺が、この状況で『何も』考えないとでも思ってるのか? この場所でンな無防備な姿晒してたら、何されたって文句は言えないと思うんだが。まして、今はキスひとつで大騒ぎしてた頃とは違うんだ。触れるための許可は、だいぶ前にもらってる。 |