足りない、足りない 4 しおりを挟むしおりから読む目次へ 胸中で盛大に突っ込んだ。いっそ立ち去ってしまおうかなんて逃避しつつ、わたしはその場でじっとしていた。渡して、帰る。渡して、帰る。それだけなら、そこまで邪魔にはならないはず。ぶつぶつと、自分にそう言い聞かせる。すると。 バタン! ガタッ! ガタタ! バタバタバタバタッ! 「へっ!?」 「うおっ!」 大袈裟なくらい不穏な物音とともに現れたのは、この半月の間、会いたくて仕方なかった彼。 「……え、何。マジで?」 物凄く、これ以上ないってくらいぽかんとした表情で、成瀬が茫然と呟いた。その様子に、わたしは身を縮ませる。 (うわあああ……) びっくりしてる! びっくりしてるよー! 成瀬のあまりの驚きように、今すぐ回れ右したい気分になる。ああ、でもせめてこの箱だけは渡していかなくちゃ。 「えと、あの、コレ」 「ケーキだって!」 どうにか用件を済まそうと口を開いたわたしを遮って、顔を出したのは弟くん。彼は相変わらずの明るい表情で、わたし達に笑いかけてくる。 「兄ちゃんに差し入れだってさ! 優しいカノジョで良かったねー」 そう言って彼が深めた笑みには、明らかに兄をからかう色が浮かんでいて。 「やかましい」 成瀬は顔をしかめると、弟くんの頭を小突いた。 「いいからお前はさっさと練習に行けよ」 「はーい」 小突かれた頭を押さえて、彼は軽い足取りでわたしの横をすり抜ける。 「じゃあ美希さん、またね!」 「うん。頑張ってね」 小さく手を振って、送り出す。弟くんも手を振り返してくれながら、ばたばたと駆けていった。 そして、残されたのはわたし達二人。 「――あー……」 まだどこかぼーっとした様子で、成瀬がこちらを見る。わたしは思わず身構える。 「えーと……?」 「あ、や! あの、天気が良かったからね! せっかくだからと思って出掛けてて。で、ケーキ食べたくなって! ついでだから、差し入れでもしようかなーとか思ってね!」 「お、おぉ」 慌てふためいて箱を押しつけると、成瀬が目を白黒させた。両手で箱を受け取って、箱とわたしの顔とをしげしげと見比べる。それから言った。 「上がってくか?」 「ううんっ」 わたしは勢いよく、首を横に振った。 「邪魔しちゃ悪いし。ちょっとでも会えたらなって思って来ただけだから」 だから今日は帰るね、と言って成瀬を見上げる。――と、妙に真剣な顔をした彼と目が合った。 |