さくら、ひらひら 6 しおりを挟むしおりから読む目次へ だけど瀬戸から応えはなかった。黙ったまま、動かない。 一度放した手をどうしようかと、俺は迷う。また触れていいもんなのか、それともぼちぼち離れたほうがいいのか。手のやり場に困りつつ、俺は彼女の頭を眺めた。そこにいつものお団子はない。 慣れない密着状態に、身体の熱は上がってくばかりだ。正直な話、背中が汗ばんでるような気がするし。手のひらにだって汗かいてるし――でも、ひんやりとしてっから俺は自分で思ってる以上に緊張してんだろう。 「……汗くせぇんじゃね?」 擦れた声で訊いてみた。瀬戸は小さく首を横に振って、ゆっくりと顔を上げる。 「そんなことないよ……何かね、安心する」 そう言って、彼女は幸せそうに破顔した。これは自惚れではないと思う。 まるで、此処がいちばん安全な場所なんだと言わんばかりに安心しきった笑みを浮かべて、甘えられて。そんなんされたら。 (タチわりぃな、ホント) 心の中で毒づくのと同時に、頭を抱えた。つーか、もう諦めたほうがいいのかもしんない。 何ていうか、ホントにダメだ。かなわない、負けた気がする。そんな思いが胸を渦巻く。もちろん、その相手はこの小さな彼女で。 誰にどんだけ『バカじゃねーの』と罵られても、今の俺は文句を言えない。らしくねぇし、アホ臭いと思うけど、しょうがねぇだろ。目の前の存在が、掛け値なしに可愛く見えちまうんだから。 (あー、もう) ――俺、バカでいいわ。 そう思ったとき、既に俺の手は瀬戸に触れていた。耳元にかかってる髪を掻き上げる。 「そ、ね……?」 小さく首を竦めてから、瀬戸が俺を見た。自分から近づくのは平気なくせに、こっちから距離を縮めるのはダメらしい。その態度に俺は苦笑をもらし、触れている手を頬へと滑らせた。 柔けーし、すべすべしてる。 熱に浮かされたみたいにただ何度も指先で頬を撫でてたら、みるみるうちに瀬戸の顔が赤くなった。恥ずかしいせいなのか、両目が更に潤んできて。 「――瀬戸」 「……っ!」 呼び掛けに瀬戸がギュッと目を瞑る。それを見て、俺は低く囁いた。 「……すげー、好き」 「わ、わたし、もっ」 目を閉じたまま、応えてくれる彼女に何だか泣きたい気持ちになる。これ以上ないくらい満たされて、幸せなはずなのに。 言葉だけじゃ、上手く伝わらない。そのもどかしさが俺を動かす。 ゆっくりと身を屈める。顔を近づけて、唇に触れた。ほんの一瞬、感じた熱と柔らかさ。はじめて知った感覚に眩暈がした。 |