さくら、ひらひら 5
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「わたし、去年はここに来れなかったの」

「……うん」

 頷いて、曽根が先を促す。まるでわたしが何を考えてたのか、知っているみたいに。

 誰を思い出していたのか、知っているみたいに。

「どうしても思い出しちゃって……。なるべく桜を見ないようにしてた」

「――『有ちゃん』だっけ?」

「うん……」

 曽根の口からその名前が出るのは、何とも不思議な感じだった。わたしがそうなんだから、きっと本人はもっと複雑な気分なんじゃないかと思って見てみると、意外にもその表情は穏やかだった。

 怖いくらいに凪いだ瞳で、彼は川面を見つめていた。その横顔を見ながら、わたしは続ける。

「でもね、今年は違ったの。桜を見て思い出しても、悲しくならなかった」

 むしろ懐かしいとか、そういう感情で胸がいっぱいになって――その変化が、わたしはすごく嬉しかったんだ。

 やっと――やっと、本当の意味で前に進めたような気がして。

 大好きな場所で、また新しい思い出を重ねていってもいいんだって――そう思えて。

「だから、曽根と来たかったんだよ」

 ――曽根と桜を見たかったんだよ。

 告げた言葉に、彼がこちらを向いた。頼りない灯りの下で、黒い瞳が静かにわたしを見下ろす。

「曽根が居てくれたから、元気になれたの。曽根が居てくれたからわたし、ちゃんと笑って、有ちゃんの思い出と向き合えるようになれたんだ」

 両手を強く握りしめた。

 彼と過ごしてきた半年で募った、伝えたい想いをちゃんと伝えられるように。

「ありがとう、曽根」

 真っ直ぐに彼を見上げた。

「――大好き」

 そう言った瞬間――曽根が何か堪えるみたいに、眉を歪めた。でも見えたのは、ほんの一瞬で。

(――え?)

 ぐいっと強く腕を引かれる。

 軽い衝撃とともに、視界が真っ暗になる。

 そして我に返ったとき。

 わたしはすっぽりと、彼の腕に包み込まれていた。


  【続】

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