さくら、ひらひら 5
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「弁当の量と比べたらって、ちょっとびっくりしただけだから。ンな情けないカオすんなって」

 そう言って、わしゃわしゃとわたしの髪を掻き回す。その手の感触が心地よくて、わたしは肩の力を抜いた。そのまま黙って、桜に目をやる。

 ライトアップされた桜は商店街の喧騒の中にありながら、それでも十分に幻想的で。何となく、足元がふわふわするような感覚に陥った。

 花に酔うって、こういうことなのかな。

「曽根」

 気づいたら、呼び掛けてた。傍らで、彼が首を傾げる気配がする。

 桜に目を向けたまま、わたしはぼんやりとした口調で言った。

「少し、歩こう?」

 返事はなかった。だけどその代わり、曽根がさっきみたいにわたしの手を引いて。

 立ち上がったわたしたちは川の上流に向かって、ゆっくりと歩きだした。


*  *  *


 商店街から遠ざかるにつれて、桜を照らす灯りは数を減らし、人の気配も途絶えた。

 すっかり住宅街のほうまで足を伸ばしたところで、歩みを止める。そこにある小さな橋の欄干にもたれて、来た道に視線を向けた。

 遠くに見えるオレンジ色の灯り。人の喧騒も今は遠くて。

 川の両側から水面に枝を伸ばした桜の木々。そこから、薄紅色の花弁が舞い落ちるのが見える。

 ひらひらと。ひらひらと。

 隣に立つ曽根もわたしと同じように、橋に凭れて遠くを眺めてる。何も言わない。穏やかな沈黙が花弁みたいに降り積もる。

「……この辺にさ」

 思い出したように、曽根が口を開いた。

「友達ン家があって、そこの川に下りて遊んだんだ。天気がいいと亀がその辺に一列に並んで、甲羅干ししててさ」

「何か可愛いね、その光景」

 思い浮かべて、頬を弛めた。見れば、曽根の目元も和んでいる。

 商店街にいたときよりも頼りない街灯に照らしだされた彼の表情は、ひどく柔らかなもので。何だか、無性に胸が詰まった。

 悲しくないのに。寂しくないのに。どうしてわたしは泣きたくなってるんだろう。

 小さい頃からずっと大事にしていた、思い出の場所で。美味しいものを食べて、綺麗なものを見て。大好きな人が側にいて。

 その人とまた、新しい大切な思い出を重ねていくことができる。こんなに幸せなこと、きっとない。

 胸に衝きあげてくる、怖いくらいの幸福感を与えてくれるのは間違いなく彼の存在だ。

 曽根がいるから。

 それに気がついたとき、既にわたしは口を開いていた。頭で考えて、そうしたわけじゃない。伝えたい想いだけが先走るみたいに、言葉が零れていく。


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