さくら、ひらひら 4 しおりを挟むしおりから読む目次へ (何なんだ、この生き物はっ) 小柄だからヒトを見上げるのが常の瀬戸にとって、『上目遣い』は当たり前の仕草。そこに変な計算はないんだろうけど。 上目遣いで、頬を染めてお願いされて――これで首を縦に振らないなんて芸当、俺には出来ない。 (完全にダメだ、俺) 首の後ろに手を当てて、瀬戸を見る。彼女は変わらない姿勢のまま、俺を見つめていた。 「行くのはいいんだけどさ、練習あっから……」 そこまで言うと、瀬戸は目に見えて落胆してみせた。細い肩をすぼめて、うなだれてしまう。 「そっか。仕方ないね」 「最後まで聞け」 ぽつんと落とされた呟きを打ち消すように俺は言った。ぴくりと震える、瀬戸の肩。 「夕方には終わるから、それからでいいんなら……」 「いいっ!」 瀬戸がむんずと俺の腕を掴んだ。勢いあまって、ゆっさゆっさと揺さ振ってくる。俺はそれにされるがまま――しばし呆気に取られた後、思いついて口を開いた。 「でもお前、平気なの?」 「何が?」 『夜桜、夜桜っ』と浮かれる瀬戸に、俺はここ最近の心配事を告げた。 「近所にチカンが出たって言ってたろ? 夜に出かけんの、許してもらえんの?」 学校の用事じゃなく、ただの遊びだ。休みの日に、娘がわざわざ夜に出かけるのを親が快く送り出すとは考えにくい。しかしそんな俺の思いをよそに、瀬戸はあっさりと言い切った。 「曽根と一緒なら大丈夫!」 「は?」 「前に曽根、ウチのお母さんと会ったでしょ?」 「あ、ああ」 思い出して、ぎこちなく頷く。 はじめてデートらしいデートをしたとき――熱を出した瀬戸を駅まで送った際、迎えに来てくれたコイツの母親と顔を合わせたことがある。でも挨拶程度で、たいした会話をした覚えないんだけど。 眉根を寄せて俺が首を捻っていると、さっきより少し控えめな声が聞こえてきた。 「有ちゃんが亡くなってから、わたしずっと塞ぎ込んでて」 不意に出てきた人の名は、瀬戸の亡くなった幼なじみのもの。そして、その人は彼女の想い人だった。 何となく複雑な気分になって、瀬戸の言葉の続きを待つ。 |