さくら、ひらひら 3
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『忘れなきゃって、思い詰めなくてもいいよ』


 忘れなくてもいい。なくさなくてもいい。わたしの持ってるもの全て、そのままでいい。

 それをひっくるめて『わたし』なんだから――その『わたし』を好きなんだと、言ってくれた。

 そんな彼の優しさがあったから、わたしは有ちゃんのいない現実としっかり向き合えたんだ。そして、もらった想いに恥じない人間になろうと心に決めた。

 去年の春は、あの桜並木には行けなかった。あそこは小さいときから一緒だった、有ちゃんとの思い出の場所だったから。家族ぐるみでお弁当を持っていったことも、あの縁日の人混みで手を引いてもらったことも、まだ覚えてる。

 だけど、今年は行ってみようという気になれた。有ちゃんのことを思い出して、悲しくなることはなくなった。今は思い出しても、懐かしいと目を細めることができるようになったんだ。それはきっと、全部曽根のおかげ。

 曽根がいたから。曽根の優しさがあったから。彼がわたしを大事にしてくれるから、わたしは記憶を優しいものに変えていけたんだと思う。

 だから曽根には――。

「いっぱい感謝してるんだけどな……」

 自室のベッドに仰向けになって、わたしはひとりごちた。

 あの後、美希ちゃんとはたっぷり励まし合って。だいぶ気分の晴れたわたしは更に寄り道をしてから、家に帰った。

 一人で桜並木を歩いてみたのだ。懐かしい記憶に浸りながら歩いて――そして、バカみたいに思ったんだ。曽根が隣にいたらなあって。

「欲張りに出来てるよね、ヒトって」

 ごろんと横向きになって呟く。

 好きって伝えて、好きって言ってもらって――確かにそれで満足できたはずなのに。まだ足りないなんて思うのは、わたしの頭がおかしいからなんだろうか。

 昼間からずっと続いてる堂々巡りの思考にため息をつくと、突然頭元から音楽が聞こえてきた。

 それは、特定の人物用に設定した着信メロディー。

 弾かれたように身を起こす。そしてケータイを手に取った。

 画面に表示されてたのは『曽根隆志』という名前。

 それを見た瞬間、何も考えずにわたしは通話ボタンを押していた。


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