そんなハジマリ 7 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「そういうキモチは、きっかけにはならないのかなー」 小動物みたいな目をして綾部は俺を見た。見られてるのは分かってる。でも目線を合わせることができない。 しばらく微妙な沈黙が続いた後、彼女がぽつりと呟く。 「……違うのか」 それはもう、凄く残念そうな科白が耳に残った。うわ何だよ、この罪悪感。 おそるおそる視線を戻すと、綾部は笑っていた。 「残念」 首をかしげて、笑みを深める。さらさらと肩の上を髪が流れた。 「お、前さ」 俺は無理矢理、不機嫌な表情をつくった。そうでもしないと、このビミョーな空気に流されてしまいそうだったから。 片手を額に当てる。 「言ってるイミ、自分で分かってるか」 「うん」 あくまで軽やかに肯定する彼女。その顔には、何の気負いもない。 「成瀬とだったら楽しそうだと思ったんだけど」 ――よーし、言ったな。言い切ったな。 不意に胸の中に、今までにないキモチが沸き起こった。そして妙に開き直った気分になる。 いいように振り回されて腹立たしいのもあるけど、どこかくすぐったいようなヘンな感じ。でも不快なモノではない。 俺は額の手を外して、そのまま綾部の頭を押さえ込んだ。 「ぅわ!」 驚く彼女。だけど、それには構わず俺はぼそっと囁く。 「本気にするぞ」 「……え?」 「だから、本気にするって言ってんの」 俺の言葉に数秒おいて、綾部が顔を赤らめた。ようやく、コトの重大さを理解したらしい。 今までの仕返しとばかりに、俺はニヤリと笑ってみせる。 「どーする?」 「ええと……っ」 ガタンッと音をたてて綾部が立ち上がった。そしてえらい素早さで机の上のゴミを集め、びしっと背筋を伸ばす。 「捨ててきますっ!」 そう言うやいなや、回れ右をして走りだした。途中、あちこちの机にぶつかりながら教室を飛び出していく。すると、その後を追うように予鈴が鳴り響いた。 一瞬見えた綾部のカオは、これ以上ないくらい赤く染まっていた。 彼女が通り抜けていったドアを眺めながら、ぼんやりと思う。 結局、拒否しなかったな。 さてさて、どうするか。 あんなカオされたら、ちょっとその気になってしまう。 降ってわいたのは、今まで感じたことのなかった彼女への気恥ずかしい感情。あの綾部を可愛いと思うなんてな。一寸先は何とやら。いつ何がどうなるかなんて、ホントわからない。 ましてヒトのココロなんてものは。 だけど、確信までにはまだ足りない。ソレを始めるにはあと少し。 とりあえず、今は待つことにしよう。 多分、彼女は本鈴ギリギリに帰ってくるだろうから。 どんなカオして戻ってくんだか。思わずニヤけて、そしてそれを誰にも見られないように俺は机に突っ伏した。 本鈴が鳴るまであと五分。 そのときまで、アイツの気持ちが変わったりしませんように。 『そんなハジマリ』終 |