臆病すぎた卑怯者 3 しおりを挟むしおりから読む目次へ わたしは無言で、目もとを擦った。彼も黙ったまま、立ち上がる。 「あのさ……」 ボソッと困ったような低めの声が響いた。わたしは目だけでおずおずと、彼を見上げた。 するとそこに、場違いなほど能天気な声が飛んでくる。 「タカー! あったかー?」 「うるっせーな! 今行くよっ!」 彼は自身を呼んでいる声の主に、不機嫌丸出しの表情で応じると、わたしを見下ろした。そしてズボンのポケットを探り出す。 「もうすぐ予鈴鳴るけど……暫く、戻んないつもりなんだろ?」 そう訊(き)きながら、わたしに放り投げられたモノ。 「使ってるんで悪いけど、やるよ」 まだ、あったかいから。 彼の言葉通り、それは冷えきった手を暖めるには十分なほど、まだ熱を発していた。 使い捨てのカイロだ。 「あの……」 「邪魔しちまったお詫び。悪かったな」 さばさばした口調でそう言うと、彼は駆け足で去って行った。 風邪ひくなよ、とぽつんと言い残して。 「――いいひと、だったな」 彼がいなくなって、午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴って。 瞳に残っていた涙が乾いた頃、わたしはカイロを両手で包みこんで呟いた。 彼が気遣ってくれた通り、教室には戻れない。だって相当ヒドイ顔をしているはずだから。 ――今日はもう帰ろう。 ここに来たばかりのときよりずっとクリアになった頭で、わたしは考えた。有ちゃんの家とウチは家族ぐるみの付き合いをしていたから、きっとお父さんもお母さんも色々手伝っているはずだ。 ――わたしも力になりたい。 ぎゅっとカイロを握りしめてゆっくりと立ち上がり、わたしはその場を後にした。 大丈夫だ。ちゃんと歩ける。 お別れを言いに行ける。 またじわりと涙が出てきたけど、それが流れ落ちることはなかった。 手の中の温もりが、力をくれたから。 (また会えるかな) 会ったらお礼を言わないと。 野球ボールを持ってるくらいだから、やっぱり野球部なのかな。 悲しいのと寂しいのと、それとは別にほんのりあったかい気持ちを胸に抱いて、わたしは校舎に向かって走りだした。 これが、わたしがはじめて曽根に会った日の話。 * * * |