そんなハジマリ 3
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「あのですね」

 妙にかしこまった口調の綾部。俺は内心で首を捻りながら、視線だけで先を促した。そしてコーヒーを再び、口に含む。

「『恋』って何?」

「ぶっ!」

 思いもよらない質問に、俺はコーヒーを勢いよく噴射した。うわ何だこのマンガみたいなリアクション。

 いや、そんなことよりも。

「今っ……ゲホっ何を?」

 やべ気管に入った。ゲホゲホとむせながら、俺は何とか綾部を見返す。すると綾部は眉をひそめて、ティッシュを投げて寄越した。

「汚いなあ」

 お前のせいだってーの! そう言ってやりたい気持ちは山々だったが喉がまだ落ち着かないので、俺は綾部を睨んでおくだけにとどめた。だが彼女はまったく意に介さない。

 しょうがないからティッシュを有り難く使わせてもらうことにして、俺は飛び散ったコーヒーを拭き始める。

「念のために訊くけど」

 何度か咳払いをしつつ、俺は確認を取る。

「それって魚のハナシじゃないよな?」

「うん。シタゴコロのほう」

 その言い方もどうだろうか。

「……で? 何でまた、そんな話題なんだよ」

 片付けの手を止めないまま、俺は問う。だってホントに今までの質問と系統が違うんだ。疑問を抱いたって不思議はない。――まして、相手が綾部だし。

 俺は黙々と机を拭きながら、彼女の答えを待った。

「いやね?」

 腕組みをした姿勢で、綾部は心底不思議そうに話し始める。

「こないだ、学校中走り回って追いかけっこした挙句に付き合い始めたヒトたちがいるじゃない?」

「ああ」

 言われて俺は手を止めた。頭に浮かぶのは、隣のクラスの知り合いの顔。その片割れは、俺と同じ部の人間だ。

「よくそんな恥ずかしいことできたなあって。疲れるしさー」

 うわあ容赦ねーな。これを聞いたらあの片割れは、恥ずかしさのあまり沈没するに違いない。しかし俺も似たようなことは思ったので、敢えてフォローをしたりはしない。

 使ったティッシュを丸めて、残りを綾部に手渡す。彼女はそれを受け取りながら、眉根を寄せて続けた。

「で、そのくらいのことを平気でやれてしまう『恋』とやらについて考察してみようかと思いまして」

「と、言われてもなあ」

 俺は思いきり顔をしかめた。はっきり言って、苦手分野だ。

 まだ十分残っているコーヒーを呷って、俺は言う。

「そういうコトは女のが得意なんじゃねえの?」

 綾部はマイペースで変わった人間だが、同性の友達が少ないわけじゃない。大勢で群れることはしないけど、その代わりどこに行ってもすんなり溶け込んでしまう不可思議な雰囲気の持ち主なのだ。だから、そっちのほうが色んな話を聞けると思うんだが。



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