パラレル幻想譚 1
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 それは――もしかしたら在るかもしれない、とある世界での物語。



 青い空、白い雲。

 麗らかな日差しの下、森を通り抜けてくる爽やかな風。

 その風が行き過ぎる平原に、魔物の群れと対峙する人影があった。

「――っと!」

 革鎧を身に纏った長身の少年が慌てて身を臥せた。そして、空中からの攻撃をやり過ごす。

 襲い掛かってきたのは巨大な蛾の群れだ。さっきから頭の上でバサバサと鬱陶しいこと、この上ない。

(だいたい相性が悪いんだっての!)

 毒蛾の鱗粉を吸い込まないよう、口元を覆った布を引き上げて、少年は体勢を整えた。手にした剣を振り上げて、巨大蛾を牽制する。しかし相手はひらひらと、人を馬鹿にするかのように舞い上がり、剣が届かない高さまで逃げていく。

 少年は大きく舌打ちをした。長剣しか武器のない彼が飛行する魔物を相手にするのは、少々分が悪い。空高く逃げられてしまえば、攻撃のしようがないのだから。一匹二匹ならまだしも、大量の群れで襲われては叩き落とすのもままならない。

 大体、一人で対峙してること自体が無謀なのだ。そう思って、ちらりと後方に視線を転じる。そこには彼の仲間が三人、集まっていた。その内の二人は、巨大蛾の鱗粉――麻痺毒が含まれていた――を吸い込んで倒れており、後の一人がその治療をしている。

 攻撃が当たらない鬱憤で、少年の苛立ちはいよいよ募っていく。もう一度、彼は舌打ちすると後ろにいる仲間に向けて、大声で問うた。

「まだかよ、ミナツ!」

 ミナツ、と呼ばれた法衣姿の少女はそれには応えず、代わりに呪文を詠唱した。

「天上より賜りし神気の刃よ、我が手に降りきて不浄の残滓を打ち払え」

 ミナツが詠唱を終える。するとその手からほのかな光が生まれ、毒に冒された二人の身体に降り注いだ。

「う〜〜〜っ」

「……何かまだピリピリする」

 倒れていた二人はそれぞれに呻きながら、もぞもぞと起き上がる。その様子を視界にとらえて、一人戦っていた少年は怒鳴った。

「お前ら! 動けるようになったんだったら、コイツら何とかしろよ!」

「ユウタ、人使い荒いー」

 のろのろと立ち上がった一人が抗議する。軽装で、身が軽そうな少年だ。彼は両腕を大きく振り回し、身体の自由を確かめる。その背後では、やはり毒にやられていた少女が杖を支えに立ち上がった。彼女はだるそうに口を開く。

「あー。あー。アメンボアカイナアイウエオ」

「大丈夫? サヤ」

 心配そうにミナツがその顔を覗き込むと、少女――サヤはげんなりとした調子で返した。

「うー、舌が縺れる……呪文噛んだらどうしよう」

「そしたら笑ってやるよ」

「何ですって?」

「ダイスケ!」

 へらりと笑った少年、ダイスケの言葉に少女二人が声を荒げた。そのまま言い合いに発展するかに思えたが――それより先に、ユウタが剣を振り回して叫ぶ。

「いいから、さっさとしろっての!」

 言うなり、降下してきた魔物の羽根をどうにか斬り落とした。それを見て、ダイスケが口笛を吹く。

「やるじゃん」

「でも、あの数はさすがに一人じゃキツイでしょうよ」

 サヤは杖を構えながら言い。

「ほら、ダイスケ!」

 ミナツがダイスケの背を叩いた。促されたダイスケはひょいと肩を竦める。

「ハイハイ」

 そして面倒くさそうに言い、自分の得物である鞭を手に取った。

 軽く手首を返し、叫ぶ。

「ユウタ、避けろよー!」

「っ、なっ?」

 まともな返答をする暇(いとま)もあらばこそ。ダイスケが操る鞭は、慌てて屈んだユウタの頭上を行き過ぎて、魔物の群れを薙ぎ払った。ユウタはしゃがみこんだまま、後ろを振り返る。



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