少女マンガな帰り道 1
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「あ」

 いつも通り、遅くなった帰り道。

 隣を歩いていた美夏が唐突に足を止めた。数歩先まで進んでしまった大亮は、怪訝な面持ちで後ろを振り返る。

「どうした?」

 問い掛けてみれば、美夏はきょろきょろと辺りを見回しながら、弾んだ声で答えた。

「キンモクセイの香りがしたの。どこだろ?」

「ああ」

 花に詳しくない自分にも馴染みのある、その名前。目の前の少女が好きだと言っていたから、幼い頃に覚えていたのだ。そういえば、もう花が咲く時期だっけ――そう思いながら、大亮もまた鼻を利かせて、周囲を見回す。

 花の香りは、微かな風に乗ってやってきたのだろう。見渡す限りでは見つからず、美夏が残念そうに唇を尖らせた。

「もっと早くに帰ってこれたらなぁ……」

 捜しに行けたのに、と呟く横顔。大亮はそれに苦笑して、またゆっくりと歩きだした。

「好きだよなぁ、お前も」

 美夏が隣に追いつくのを待って、半ば呆れた声で言ってやる。一緒に住む祖父母の影響なのか、美夏は結構な花好きだ。毎年時期が来ると、あそこの梅が、桜が、とニコニコしながら話している。小さい頃は、大亮も花見に連れ回されたものだ。もっとも自分は『花より団子』の人種だから、彼女のように愛でた思い出はあまりないのだけど。

 ぼんやりとそんなことを思い出していると、視界の隅で美夏が悪戯っぽく笑ったのが見えた。

 彼女は楽しそうに言う。

「大亮ほどじゃないよ」

「何が?」

 意味が分からず眉をひそめると、美夏は浮かべた笑みを崩さぬまま、機嫌よく続けた。

「昔、ウチの庭のツツジ……蜜吸うのに夢中になって、花全部取っちゃったでしょ」

 あの後、おじーちゃんに怒られて大変だったよねー。軽やかにそう言われて、大亮は露骨に顔をしかめた。

「お前なぁ……」

 本当にくだらないことばかり、よく覚えていると思う。昼間の『初日の出』の話といい、今といい。

 それでも昔の話をするとき、彼女はとても嬉しそうに笑うのだ。どんなに小さな、取るに足らないような思い出話でも。

 そんなふうに思い返せる時間を一緒に過ごしてこれたのは、大亮にとっても嬉しいことだった。無論、そんなことは口にも態度にも出せやしないが。

 暫く二人とも黙ったまま歩く。すると、先程と同じくらい唐突に、美夏が寂しげに洩らした。



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