彼とイルカの相違点 1 しおりを挟むしおりから読む目次へ 今日もすっかり、日が暮れてしまった。校内に残っていた生徒をすべて下校させて、随分と時間が経った暗闇の中。 頼りない街灯に照らされた正門前に、人影がひとつ。 「――何やってんだ、お前は」 「雄太くん」 眉をひそめて声をかけてみれば、人影が驚いたような声をあげた。 「どうしたの?」 「俺がそれを訊いてるんだけどな」 紗耶、と咎めるようにその名を呼んで、雄太は近くに歩み寄る。門に凭れて立っていた紗耶が、姿勢を正してこちらを見上げた。 「忘れ物、したんじゃなかったのか」 静かな声で問い掛ける。だが紗耶はそれには答えず、やんわりと微笑むだけだった。 ほんの十分程前、雄太と紗耶は同じ役員の大亮たちと共に学校を出た。そして、四人で帰路についたのだが。 途中で、紗耶が立ち止まったのだ。そして『忘れ物をした』――そう言い残して、素早く身を翻した。雄太たち三人は『待ってる』と口を揃えて言ったが、彼女は『先に帰ってて』と手を振って、来た道を戻って行った。普段と変わらない笑みを浮かべたままで。 その笑顔に翳りを感じたのは、たぶん自分だけだったのだろう。雄太はそう思った。他の二人には別段、訝る様子はなかったから。 その後、仕方なく三人で歩きだして――幾らもしないうちに雄太も立ち止まった。この暗闇の中、紗耶を一人にしておくことに、やはり抵抗を感じたのだ。ただでさえ、遅い帰宅だ。送っていくくらい、してやったほうがいいだろう。 そう考え、自分もそこで大亮たちに別れを告げて、学校に戻ることにした。そして、正門前に佇む彼女を見つけたわけだが。 「今度はどうした?」 淡々と、もう一度訊ねてみる。すると紗耶は少し迷うような素振りをして、口を開いた。 「何となく、一緒に居たくなかったから」 「俺も一緒だったのに?」 「雄太くんはいち抜けするでしょー」 ほのかな灯りの下で紗耶は苦笑い、行き過ぎる車の群れに目をやった。その横顔を眺めながら、雄太は彼女の科白の意味を反芻する。 帰り道、雄太は四人の中で最初に一人、違う道に曲がる。一方で紗耶はその後、自宅に着くまで大亮たちと一緒に帰ることになっていて。 つまり、雄太と別れてからの間、大亮と美夏と三人でいることに耐えられないというわけだ。そこまで思い至って、雄太は軽く息をつく。 「そんなの今更じゃないのか」 「疲れてるから、余裕ないの」 好きな相手と親友が仲睦まじくしているのを見て、平然としていられるほど。笑っていられるほどの余裕はないのだと――紗耶は言って、こちらを見上げた。 「余裕がないと、一緒に居るのがしんどい」 吐息のように洩らされた、紗耶の本音。それを耳にして、雄太は『戻ってきて良かった』とつくづく思った。 他人事にひどく聡くて、自分のことには不器用なこの友人が、弱音を吐くことは滅多にない。特にこの厄介な恋愛事情に関しては、はけ口が限られているせいか、一人で溜め込んでしまいがちだ。 だから時々、こうしてガス抜きをしてやる必要があるのだ。彼女が明日も普通に笑っていられるように。 |